山陰菊がきれいです。 企業、それも大企業であるならば、世界に進出して競いながら規模を大きくしてゆくという戦略は(それが良い悪いではなく)資本主義経済の中ではあるでしょう。 しかしながら個人としてはそのようなことを目論む必要は全くありませんし、 私個人としてはむしろそれと逆の生き方をしたいとずっと思っていました。 逆というのは、なるべく狭い範囲の中でものや人と交流しながら暮らしてゆくということです。 (それでも、電話や手紙、インターネットを通して遠くの人々とは繋がれます。) 一番顕著なのは食べ物で、痛みやすいものほど近隣のもの(最善は自家製)が良く、 日持ちするものは多少離れていても、少なくともおよそ国内のものを食べてゆきたいと思っています。 食べ物の心身に与える影響を今更言うまでもないことですが、 植物が土壌や肥料、光、水、風などで育つように、人間もまた与えられた環境や食べ物で育つものです。 だからこそ値段の問題もないわけではないけれど、何を食べるかということに無神経であってはならないと思っています。 余談ではありますが、現在米国では、少なくとも大豆、綿、とうもろこし、菜種に関しては、遺伝子組み換え食品の割合が86〜93%を占め、もしもTPPが締結され、これらのものがどっと押し寄せてきて、日本の食物が駆逐されるならば、食の安全という言葉は何処かへ行ってしまいます。 また、買うということは誰かを支援することでもあり、この時代は特にどこから何を買うということに無頓着でありたくないのです。 山陰菊 話は変わり、庭づくりということで、わたしは「風土にあった庭づくり」をめざしていますが、 庭は家と外界をつなぐものであり、外から見えるものです。 ですから、その風土の中で違和感なく「いい感じ」であることが大事と思っています。 およそこの国の建築物は味気なく景観を度外視したものが目立ち、 かつてあった、質素でも美しかった風景はかなぐり捨てられてきました。 時代とともに求められるものは違ってきても素材選びや施行方法、形、様々な家をつくる要因が、 町並みや風土の中でもっと美しくあることはできなかったのだろうかとおもいます。 それと同じことが庭においても言えるのではないかと思っていて、人は情報に弱いもので、 欧米、特にイギリスの庭が素晴らしいと宣伝されれば、それはたしかに素晴らしいものがたくさんあるとしても、我が国のガーデニングブームはいっせいにそちらに向いてしまいました。 欲を捨てることは難しいですし、捨てる必要もないかもしれませんが、 その欲はどこからきているのでしょう? 私自身も欲はそれなりにありますし、悩ましい問題でもあります。 しかしながら、少なくともこの風土の中でそぐわないものは植えることに躊躇をおぼえます。 でも、そぐわないかどうかの判断の基準はというとまたそこが難しい・・・ 答えは簡単には出ないかもしれませんが、その判断に置いては感受性を磨くということが解決への糸口であると考えています。 それでも大事なことは、この場所で何が受け入れてもらえるだろうかという視点ははずしたくはないのです。この国のこの場所にはどういうものが生えていて、どういうものまでならば問題なく育てられるのだろうか?ということは無視したくありません。 (少し難しい栽培への努力も捨てたくありませんが) 風土に合うということは庭づくりだけのことではありませんが、グローバルの反対側にあるものと思っています。 また、風土の中で生きてこそ世界の人々とつながりを持てるものがあるのではないかと思っています。 もみじ葉ツワブキ その後ろにはなぜか棕櫚が生えていてどうしよう・・・ 家菊 日陰にて 家菊 こっちが通常の色 サルナシを収穫しました。けっこう好きなんです。 キィウィを濃縮したような味わいです。
by sakillus
| 2011-11-06 23:46
| 庭づくり
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Comments(4)
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at 2011-11-08 09:21
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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sakillus at 2011-11-08 21:10
鍵コメさん、こちらこそコメントどうもありがとうございました。
どうぞお気遣いなく!べつにたいした人間じゃないですから。あはは。 そうでしたか・・・そのときの難は逃れられたものの、やはり故郷がそのようになってしまっては・・・不安や混乱のほどわかります。現在空間線量は減ってはきているものの、たまっているところもたくさんあるわけですから(きっとまだお若い)鍵コメさんが困惑するのは当然だと思います。 つつましくも静かに怒っている方は多いでしょう。怒って当然ですもの。9月19日、「さようなら原発5万人集会」で武藤さんという方が「わたしたちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です」とおっしゃった言葉が忘れられません。 うちの庭は、わたしにとっては「これがあるだけでありがたい」ものですが、そんなあこがれられるほどでもありませんよ。^^: 今は木々の紅葉がはじまっています。 倒れた大きな支柱などもあり、見苦しい点も多々ありますが、もしもこちらにお寄りになる機会でもあればどうぞおよりくださいませ。 ただし、写真はいいところを切り取ったものですので、その点差し引いてくださいね。 またのコメントをお待ちしております。
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fairyhatskyoko at 2011-11-10 15:12
sakiさん、こんにちは。
アンチグローバル、面白いね。 結局、本当の意味で自分を大切にする・・・ それが互いに尊重しあいながら繋がり、グローバルの基本になる だから、相反するようで相反しない? 何となく・・・ではなく、しっかり自分を見つめないと どこへ連れて行かれるのか分からない時代ということかな。 そうそう、庭師さんから連絡あって、編集者の方と連れだってウチの小さい庭を見に来るのだと言う。 私もお会いしたいと思いきや、勉強会があって同席できません。 このお庭、言葉にすると大げさなんだけど、人生が変わった・・・そんな気がしているの。 この庭から、何かを学び、確実に自分の人生がバージョンアップした?そんな気がしているんです。 きっと彼は、ただ愚直に黙々と作業してくれただけなんだろうけど、そんな依頼者の人生まで考えないと思うけど、結果として何かが結びついて化学反応おこしたみたい。 そんな事もちょっとお話したかったな・・・。機会があったら宜しくお伝えください。では、またね。
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sakillus at 2011-11-10 19:59
kyokoさん、こんばんは。
相反するようで相反しないというのはあるんです。 自分を大切にするということと、他者なり、ほかの生き物を大切に思うことは同じ根っこだと思っています。 だから自分のいる場所を大切に思えなければ、ほかを大切に思えないのではないでしょうかねぇ? 本来はなにも境なく地球というひとつの星にいきているもの同士ですから。 自分の足下をかためつつ世界で何が起こっているかをおおざっぱにでも知っておきたいとおもいますね、このごろは特に。知らないということは恐ろしいことです。 kyokoさんちの庭も出るんですね。 彼の作庭特集があったりして? その庭でそのようにkyokoさんが思っていくれるということは彼もよろこぶでしょうね。お客さんに喜んでもらえるというのが励みになるようですので。 手の込んだよいものを身につけたり、囲まれるとそのように思うことはあると思います。よかった。
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