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沼津御用邸 2
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絨毯敷きに重厚な椅子、ここでも西欧の影響が色濃く出ています。
ここは食事をされる部屋だったような気がするのですが、定かではありません。^^;
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ここは謁見所で「天皇陛下が御滞在中に来客に面会する時に用いた部屋」とありました。
ゆらゆら窓なので外の景色もゆらゆらしてますね。

こういった和風と洋風の合体は、個人的にはけっこう好きです。
ただし、個人の好みというのは情報でつくられる部分も大きいので、
本当のところどこまで好きで好きでないのかはわからない、が、長年そうなのだからそうなのでしょう。
和と洋の割合というのもあるでしょうね。あまりに洋が多すぎるとしらっとしてきます。
何処で見るかというのもありますよね。
同じ室内があったとして、日本で見るのとヨーロッパで見るのとでは印象は異なります。
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前回も書きましたが、大正天皇のための御用邸でありながら、その気配が薄く昭和天皇のものは
多いのは、昭和天皇も生後70日からの幼少の折、当御用邸で育ったということです。

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中庭
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庭にも西欧の影響があります。
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ツワブキが今頃咲いてる!
沼津は冬暖かく冬を過ごすには良かっただろうなぁと思います。
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アジサイの群落もあり、黄葉した葉がきれいでした。

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元々は馬屋だったところ。今は改装して甘味処に。
その他そば処などもありました。

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沼津垣と呼ばれるもので、昔から沼津浜の潮風を防ぐために用いられた垣根で、
箱根竹という細い篠竹を十数本ずつ束ねて網代に斜めに編んでいるものです。

維持費もそうとうかかることが予想されますが、建物にしろ室内調度にしろ庭にしろ、
特別な方々のところでは技術的、景観的にもすぐれたものが多く、そういった技術が後世まで残ればいいと願いますし、公開してくれることはうれしいです。



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わたしは天皇という存在に対し特に尊敬の念を抱いているとか、その逆もありませんが、
個々の天皇に対してはおもうところはあります。

今上天皇は優しく穏やかで平和を愛され戦争を嫌っていることはわかります。
たぶんお目にかかることがあったら感動してしまうかもしれません。

国民の精神的よりどころとして生まれた時から特別な環境で特別な教育を受け、国家安寧を願い行事を外すことが許されず、政治的発言は極力避けねばならない中で、
今上天皇のおことばの中には、今の権力者に対する戒めとも思えるような言葉がままあります。
今正確な文言は忘れましたが、去年のおことばで、「日中戦争からの歴史をもう一度考えてほしい」
(○○年からのとおっしゃったのだが、それが思い出せない)というのがあって、それにはよくそのお立場で、今の状況でおっしゃったとしみじみ胸に迫るものがありました。

日中戦争って本当に戦争なのだろうか?あれは日本の中国への侵略意外のなにものでもなかったのではないか、との思いがあります。
辺見庸さんの話によれば、あの戦争ほど斬首とレイプの多かった戦争はなかったと言います。
本当にむごい仕打ちで苦しくなります。いずえにせよ圧倒的に奪い殺してきた、それを「皇軍」という、天皇のもとに使命を感じ、普通の市井の人間が残忍なことをやっていました。
その事実に暗澹たる思いが去来し、人間の魂のレベルはまだまだ低いのだと思わざるを得ません。

一般庶民と特別な地位にある天皇とを比較するのはおかしいのを承知で言えば、そうやって、「皇軍」というトップにすえられてたくさんの人間を殺し死んできたそれをどう思われていたのでしょうか?
昭和天皇はたしかに戦争犯罪人で、彼の言った「原爆がおとされたのは仕方がなかった」とか「沖縄に米軍基地を置いてほしい」との発言をわたしは容認することができません。

沼津御用邸には昭和天皇の書かれた絵があり、それは3歳の(たしか)時のものでしたが、その年のこどもにしては格段にものをよく見、うまいし繊細でした。
あの繊細な絵の書き手が戦争の担い手になろうとは・・・

今上天皇は生前退位の意があり、いろいろな人の意見がありますが、いずれにせよ次の天皇誕生のための流れができています。
そして、自民党今の政権がやりたくてたまらない「改憲」では都合のいいように「国体護持」、また、天皇を担ぎ出そうとしています。
あの浅はかで嘘によってなりたっているあの首相は、今上天皇がひざまずかれたことをまねしながら「こんなことまでやっちゃってさぁ」等とちゃかす、その男が同時に権力いっそうの奪取のために天皇を利用しようとしています。

過去をよく見なければならないと私は思っています。が、歴史は簡単に塗り替えられてしまいます。
明治天皇さえ、本当はだれなのか、一度、あるいは、に度三度変えられてきたかもしれないのです。
万世一系なんて夢のまた夢、周囲の人間の思惑で動かされる天皇というお立場、天皇制度はこれから本当に必要なのか?なくなったらどうなるのか、なくすることは可能なのか。このまま象徴天皇というものがありつづけたほうがいいのか、難しいお立場から解放されたほうがひとりの人間としてはいいのではないか、いろいろなことを思います。
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by sakillus | 2017-01-16 00:49 | Trackback | Comments(6)
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Commented by kusuo522 at 2017-01-19 21:30
天皇の問題については、じっくりと膝つき合わせて語り合いたいそんな気持ちです。もともと天皇を特別な存在とは思っていないし、第二次世界大戦で、死ぬか生きるかの時代を生きた父でさえ、天皇が為政者に操られていることは、とうに見透かしていました。個人的に天皇その人を憎んでいたわけではないと思います。むしろ、気の毒がっていました。長い長い天皇制の歴史の中で、どうにもならないものなのか、本来は、天皇制などというものは、為政者のためにあるという気がします。
私は、かつて美智子妃が、「ナルニア国物語」をお子さんと読まれたことや、私の大好きな「牧場」という詩が大好きだということを聞いて、いたく感動したこともありましすし、昨今、過去の犠牲者に対しての慰霊の旅は、決して
義務としてではないこともわかります。逆にそのことが、為政者にとって今は迷惑なのかもしれません。その他、宮内庁というものも勉強不足の私にはよく分かりませんが、いつかは死がやってくるという人間にとって避けようのないものも平等にやって来ることです。80歳を超えられたらもう、ゆっくりさせてあげてもいいのでは、と思うのは、だんだん歳をとるにつけわが身に引きつけ思うのです。
Commented by sakillus at 2017-01-20 19:11
kusuo様

太平洋戦争の時、昭和天皇がどの程度主導権をにぎっていたか、軍部に操られていただけなのかは、諸説がありわたしも決めかねています。ただあの方はそれほどあやつられていただけの人ではなかったような気がするのです。少なくとももっと早くに終わらせることができたのではと。

kusuoさんのお父君は賢明でした。なかなかたいていの方にそこまでの見識や行動はとれなかったと思います。

わたしの父は大正9年生まれで実に太平洋戦争には7年中国に行っていたと聞かされ、ずいぶん長いなぁ、日中戦争の時から行っていたのかしら?といぶかしく思っていました。
が、ついに本人から戦争のことは聞くことができず、父も語りたがらなし、なにか壁のようなものをつくり、ひとりで完結するような人生だったと思います。
その父の7年の真実を初めて去年姉から聞かされ、私は衝撃を受けました。
とにかく行きて帰って来れてこうして子が生まれ孫が生まれその次もつながることができたことを幸いに思います。

今上天皇もお疲れですよね。次の皇太子を跡継ぎにさせたくない輩もいるようですが、リベラルな皇太子にうまくつながることを願いたいです。
そして、やはりおっしゃるように、そもそも天皇というものは日本が国をかため権力を築くために利用されてきたというのはありますね。そこには神話やフィクションもありで。
Commented by kusuo522 at 2017-01-21 19:08
どんなに近くにいても人間は、お互い解らないことだらけですよね。想像はできますけど。
 勝手に聞こえるかもしれませんが、「自分のために考え、自分のために生きる」ことしかできないのではないかと思います。なぜかといえば自分がいなかったら、すべてないのですから。ただし、そのことは、人を利用し、自分の名誉のために生きるということでは絶対ありません。
 
 お父さまの7年間ぜひ知りたい。どんな気持ちで過ごしていらしたのか。
Commented by sakillus at 2017-01-22 22:48
kusuo様

そうですねぇ、わからないことが多いですね。生き物で、ちょっとしたことで気持ちが動きますしね。

しばしば言われることで、「自分の前で起こっていることはその人のありようが生んだものだ」ということがありますが、納得できるところとできないところがあります。
そうなると、知らなければそのことは起きていないことになるのか?と言う疑問がおきます。
が、その人の知っている現実はその人にとっての試練だと思えば、世界を変えられるのはその人自身であるとも言えます。
そういう意味で、「自分のために考え、自分のために生きる」というのには同意します。が、それは自分のためだけではないことになります。私はそう意識していたいのです。

父は、戦争終結時、裁判で抑留されていたにもかかわらず、(中国人の証言がなければ生きてはおれなかったでありましょう)なぜ、死ぬ前に「蘇州はいいところだ、もう一度行きたい」と言えたのか、不思議です。
Commented by kusuo522 at 2017-01-23 20:45
その通りですよ。自分のために生きることが、引いては他の人のためにということです。
店に置く本も同じです。自分がいいと思う本を置く。

話は変わりますが以前「悪いこと知っていて悪いことをするのと悪いことと知らずに悪いことをするのはどちらが悪いか」という論争をしたことがあります。大体の人は前者が悪いと言いますが私は違うと思います。悪いことと知っていれば、おのずと自制心が働くと思うのですが、今の安倍首相が、あれだけ目茶苦茶なことをやれるのは、自分が悪いことをしているという自覚がないのでしょう。
戦時中、国のために戦わざるものは国賊だということに疑問を持たなかったがために、あの悲劇が続いたのだと思います。けれども、もう、あの時のように皆騙されるでしょうか?

お父さまが蘇州はいいところだとおっしゃったのは、すべてを乗り越えたうえで、今の蘇州を見たいと思われたところもあったのではないですか?あの頃は、だれもが地獄を見たと思いますよ。結局は一人一人がしっかり自分を持ち続けることだと思います。
Commented by sakillus at 2017-01-25 07:27
kusuo様

そうですねぇ、<「悪いこと知っていて悪いことをするのと悪いことと知らずに悪いことをするのはどちらが悪いか」とことでは、あの今の腫瘍じゃなくて首相は、頭がおかしいので、国民を貧困と戦争へおとしこんでもかまわない、憲法変えてオレが実権を握るのだと考えている。狂人ですね。

残念ながら(不正選挙はあっても)政治家をえらぶのは国民、その国民の民度があのような愚劣な輩達を選んでいるのでいかんともしようがありません。
あたしは思うに、「知らないでいられる」ことのほうが罪だと思っています。
たとえば、象牙というものがありますが、それは像が死んでから牙の部分を取るわけではないですよね?生きた像を鼻から切って、そのために殺してるのですよ。例えば、日本で豚肉を得るために、99%の豚舎では、身動きすらできないところで、死ぬまで豚はただ食べ物を食べされられます。
そういうことを知っても欲しいと思うのでしょうか?

今や情報は自分で本当のことを知りたいと思わなければ知り得ることができなくなっているかもしれません。それは戦前と同じですでに騙されてますよね。

蘇州は風光明媚な水郷と聞きます、今は大気も水も汚染されているかもしれませんが、父のいた頃は、、そこですべての無惨なことがらをさしひいて山河だけをみれば、それでも心に残るものがあったのでしょうね。まぁ、父の気持ちはわかりません。
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