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ROSASOLIS

カテゴリ:人物( 18 )
復活LABO!餅つき大会
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「新年あけましておめでとうございます。これからもよろしくお願いします。」という友人の言葉で始まった。
その日は旧暦の元日だったのだ。それは、わたしの長年の友の、長いまどろみ期間を抜け、今後の活動への晴れ晴れしい幕開けの言葉でもあった。

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その人ケンジロウは主に鉄を使った造形をする人で、鉄という素材に眼を付ける、気付くというのも思えば深いものがあるのだが、鉄をやる人はドスンと重力が強いというのかただものではない人が多い気がする。といってもそう多くを知っているわけではないのだが。
彼に言わせれば、「鉄は地球の真ん中でドロドロになった状態で流動的にあるもので、鉄があるから磁気が生まれ、オーロラだってそのおかげで見えるんだから。」とのこと。

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   右がケンジロウ、左の方は、我が家を設計してくれたノグチさん


初めてであったのは高校3年の時で忘れもしない、本当に空気が渦を巻いていた、ように見えたのだから。それから、本当にいろいろなことを教えてくれて、
40年、おさななじみみたいなもんだから、というけれど、わたしは朋だと思っている。人が生きるとはどういうことか、根源的なことをハッとすることを言う人で、この人がいなければ、今のわたしはないと間違いなく言える。
長い間には心底むかつくこともあったが、師と呼んでもいいのだ。
生きることに、心から楽しめることにまっすぐで、それから、つくるものも
天の才を持っていた。

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その彼がうつを煩って活動がゆるやかになり、借りていた工房も畳むことにした。道具類もけっこう知り合いにあげて、、あとで後悔していた。自宅の庭を工房のようにしていたが、狭いのでやれることも限られていただろう。
去年の今頃はまだそれほど調子がもどっていたようには見えなかった。
が、どういうわけか、いつだろう?初夏頃には元気になっていて、いままでにないアクティブさを発揮していた。笑
おぉ、やっと、やっと抜け出せたのか!?彼のことを好いて期待している人はけっこういるので静かに動向を見守っていたかもしれない。しかし、「うつ」は波があるのでどうか? が、去年はそれ以降快調に過ごしていたようだった。

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そして、一度離れた工房に再び戻って来た!今度はかつても一緒にやっていたやはり鉄のFujiiちゃんと、若くてたのもしい整備士、岳君と3人で運営する。そのうえ、この辺りは移住者が近年すごく増えているのだが、またたくまに関係が広まり彼を支える若い人が増えたことは大きかった。
やはり彼のひとを惹き付ける求心力は郡を抜いている。

LABOというのは彼が造形をやりだした初期の頃から名づけた名前なのだが、
この日はLABOの再起動オープン、正月餅つき大会だったのだ

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新しい仲間、かねてからの仲間、三々五々30人ぐらい来たのではないだろうか。世の中は厳しいこと暗雲たれ込めることも多い、でも、そんな中だから楽しめ喜びを分かち合う大切さを供に持ちたい。
「こんな人いないからさ.でも、コツはね、あんまり甘やかさないことだよ。」古い仲間が新しい仲間に激励の言葉を送る。そうなんだよね、こんな人いないからとわたしも思う。

そして、ケンジロウのかねてからの悲願でもある「天然文明」へと歩みを進める。そこはひと言では語れない。人間と地球資源、宇宙とのかかわり、何をどう用いどう生きてゆくのか。(べつにあやしい宗教などではありません)

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ちなみに2月はミソづくりにさきだつ麹づくりから始める。
ここでかつて炭焼きをしていた方が残した炭焼き窯があるからそこで麹を仕込む。麹づくりには適度な温度と湿度が必要だからだ。

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ガラス作家のタカハシさんはこんなプレゼントを!
 [ Holly LAbo KENJIro]

  
  ☆番外
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演奏もあってそれにのって悦に入りおどるみくり
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by sakillus | 2017-01-31 23:56 | 人物 | Trackback | Comments(4)
おひさまの丘 宮城シュタイナー学園
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ふと見るとスノードロップが咲き始めていました。

今日はわたしの高校時代からの友人のお話です。
本名を書いていいのかどうか微妙なので彼女のことをマックと書くことにします。
そのニックネームは高校時代の部活のもので、わたしのサキという名前もここに由来するのでした。
本名の名前はクラスに7人もいたことがあって、ちょっと閉口していました。
その頃の愛称がずっと今にいたって続いているので、本名よりサキのほう自分らしい感じがするのです。

と、自分のことなどどうでもいい。

部活も一緒、1年、3年のクラスも一緒だった彼女とは卒業以後も文通やらその他、ずっと親しく友好関係が続いていました。
そのマックがついに今年2016年4月に、おひさまの丘 宮城シュタイナー学園を開校させます。

わたしも感無量です。
彼女はいつから教育の道を決めていたのだろう?それはともかく教育大=国立に入るべく苦手な数学を3年の夏以降だったか,秋ぐらいからだったか,集中的に勉強し,他の教科はいいのかと逆にこっちが気をもむぐらいでしたが、そんなことはおかまいなくマックは滑り止めの大学なども1校も受けず、一発で受かったのでした。
高校のときは独身を決め込んでいた彼女はあっけなく結婚し3人の子宝にも恵まれます。
彼女のことを想うと優しく暖かい思い出しか浮かんできません。
シュタイナーのことは教師になってからも比較的早い時期に,それが自分のめざす道と決めていて、
学校をつくるべく準備をしてきました。

かつて、東京立川のシュタイナースクール、賢治の学校で講習会などがあるときはうちを定宿としてきていました。わたしも一度は講習会に参加したことがあります。

度量があり聡明、頭脳明晰、慈悲深く、穏やかで美人、彼女は天命をもってうまれてきたと思わざるを得ません、いや、天命はだれしもあるはずなのですが、そこに気付くか気付かないかで生き方は違ってきます。
学校をつくるということが容易ではないことは想像つきますが,おそらくマックは気負うことなくひとつひとつのことを着実にわがものとし、同じ想いを持つかたがたとの関係を深めることによって
自然につくれたのだと思います。
本当にすごい人だと、そう思います。昔からかなわないなぁと感じていました。
今でもはっきりと覚えていますよ。高一の最初のころ私たちは席が近く、わたしは本を読んでいた彼女に何を読んでいるのかを聞いた。そのとき「ヘッセの車輪の下」と答えたことを。


シュタイナースクールはオーストリアのルドルフ・シュタイナーの思想を教育理念とするフリースクールです。その教育方法は一般的な学校のそれとはかなり異なり、興味のある方はHPを見ていただければとおもいますが、創造性と芸術性、人間同士の関わりを重視した教育理念と言えるのではないかと思います。特にわたしがおもしろいと思ったのは,「毎朝100分、3~4週間にわたり一つの教科(国・算・理・社・フォルメン線描などの基本科目)を集中的に学びます。一つの教科にたっぷり浸って学んだ後は、しばらく別の教科を学びます。そのことによって、学習内容をしっかり消化し、より深く理解することができるようになります。」ということで、それは私自身も実感を持ってそう思うのです。

費用的なことで誰しも通えるわけではないことは残念ですが、世界が穏やかで優しく想像と芸術に満ちたものであるよう、こどもたちにそのことを教える場として、これからいっそう活動をひろげていってもらえたらなぁと、思います。彼女ならきっとうまくやる。そう信じられます。


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ヤブコウジ 日達丸 年に何度か咲くタイプ
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こっちは一般的なヤブコウジ

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これは表情がめずらしくやさしいチロ
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ハナもなんとかやってます。
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by sakillus | 2016-01-18 00:43 | 人物 | Trackback | Comments(4)
誕生日
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ハードな5月の真ただ中でみくりは3歳の誕生日を迎えました。
と、数日遅れの誕生日会をやりました。

この日は地元民が何十人も訪れるというあわただしい日だったのですが、
さぁ〜っと来てさぁ〜っと去る方々(時間的制約があり)だったので、
それほどたいへんなことはありませんでした。

実のところ、うちの庭はこの時期でもそれほど華やかではないので、
「花を見る」というよりは「庭全体を味わう」ことのほうが良さを感じられると
わたしは勝手に思っているのです。
といっても「良さ」は人それぞれ価値観が違います。
それから、やっぱりそうはいっても花はいいのもですよね。
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これはわたしがフウロソウの中でも最も好きな、あるいは2番目に好きな
グンナイフウロ

庭のかたすみでひっそりと咲いているこの花を
見つけることさえむずかしいかもしれない。
どこになにを植えているかを知っているわたしだけの密かな楽しみなのかもしれません。

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ササユリは地植えすると消えてしまう可能性があるので
鉢で管理して庭のなかに置きました。

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カーディナル・ド・リシュリューは退色してからが好き

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斑入りイワミツバはところどころで花が咲いています。


ミクリは本当に明るく素直でいい子です。
これからの世の中もいっそうたいへんになるのがわかっているので
つらいことろはあります。
どんなに環境が厳しくなろうとも耐えられる明るさと強さは持っていていてもらいたいものだと
思っています。
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by sakillus | 2015-05-24 07:00 | 人物 | Trackback | Comments(12)
スイスの翡翠
秋も深まり朝晩はだいぶ冷え込むようになった。

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この秋は不愉快かつエネルギーを要する件を解決せねばならず、わたしの精神は少し金属疲労を起こしているようだったが、ようやくおさまりも見えた頃には自分の精神力もまたひとつ強くなったような気がした。

精神も筋肉と同様ストレスを受け、それから逃げなければ力を増すものだとあらためて認識した。
私たちを支えてくれた友人知人、姉や敬愛する人には感謝してもしきれない。
ヴェロニカさんもそのひとりだった。
大きな人は優しく大きなオーラを持っている。

まだ問題が渦中にある時(今でも完全に決着したかどうかはわからない)、わたしは癒しも必要だった。
頼めば叶うとも思っていたわけではなかった。が、恐れ多いともわがままとも考えるまもなくつい口に出ていた。
「ヴェロニカさん、ショービンガーさんに会いたいです。」と。
すると、おもいがけない返事が返ってきた。
「今度来るって言ってました。」おぉっ!心の中でガッツポーズをしていた。
まさかとも思った。神様!である。来る=会えるわけでもないのだが。

話はそれるが、世の中には「引き寄せの法則」なるものがあるそうだが、思えば叶う、とか言葉に出せば叶うなどというものはろくでもないものである。
そのように安易に我欲を通させてはいけない。叶うということは努力をした結果でありプレゼントのようなものだ。
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元に戻してと、ショービンガーさんは来ることは来るらしいのだが、よくわからない、また、時間が少ないのでヴェロニカさんのところにもどれだけいられるかわからないという。

Bernard Schobingerさんはスイスを代表するジュエリーアーティストであり、スイスの宝のような人である。その方とヴェロニカさんの家でお目にかかったのはもう6年も前のことだった。そのときのオーラが忘れられなかった。部屋に入って来たときの空気が変わったことを昨日のように思い出す。
作り出すジュエリーもそうだが、人間としてのレベルが違う、違いすぎる。わたしのようなものがお目にかかれたのもひとえにヴェロニカさんの知り合いだったからなのだが、本人はとても気さくでフレンドリーである。

そうこうして、先日お会いすることができたわけだ。
ショービンガーさんはかつて日本の「ヒコ ミズノ ジュエリースクール」という専門学校で教鞭をとっていたことがあり、その後も時々日本を訪れていた。その際、同じ学校の教師をしていた影山さんという方が日本各地を案内して回っておられた。影山公章さんも世界各地で展示会や講師として活躍されておられる。また奥さんもとてもきさくな方でまったく名のある芸術家の妻にありがちな構えがない。そして料理上手で、今回も奥様の手料理の数々にあやかった。おまけに今回はショービンガーさんの20歳になるお孫さん、男の子なのだが、料理人をめざしており、なんと日本で働きたいということである。
その孫S君の料理もいただくことになった。
影山さんの家は同じ市内にあり、今回は影山宅にお邪魔することになった。
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Mr.Schobinger
ほっとするお顔である。

主にドイツ語で話されるわけであるし、英語も満足に話せない私はほとんど聞いているだけだが、その場にいるだけでうれしかった。ヴェロニカさんと話すドイツ語がなんとも優しく、お二人の気高さがいっそう感じられた。
まるで幼なじみのような、兄弟のような親密さがあるのだが驚いたことにお二人が初めて会ったのはそれも影山さんを通してということで、それほどは昔からではないということだった。魂の出会いというのだろう。

たぶん最近出されたショービンガーさんの本の中にあった指輪の話になり、それにも衝撃を受けた。
玉鋼という言葉を知っている日本人はどれだけいるだろう?
わたしはかつて民俗学に興味を持っていた頃から言葉だけは知っていた。製造方法は簡単ではなく、今日本ではほとんど作られているところも量も限られている。その玉鋼を、ショービンガーさんは島根に見に行き、後にスイスでその装置をつくり自ら玉鋼をつくった。そして、それからつくった指輪である。
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あまりのすばらしさに言葉がなかった。胸にじわっとくるものがある。

玉鋼は決して錆びない。
なんという技術なのだろう、そして、それを異国の人が変化させた。


そしておまけにこんなものをいただきもした。
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スイスの翡翠である。
ショービンガーさんの友人がスイスでめちゃくちゃ大きな翡翠を掘り上げたと、これはそれの一部だという。

これはわたしの宝物である。
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by sakillus | 2014-11-05 22:02 | 人物 | Trackback | Comments(6)
ハンナ・アーレント
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ひとりの男が夜道を歩いていた。
そのとき突然やって来たトラック、降りてきた二人の男に連れ去られる。
連れ去ったのはイスラエルの諜報機関‘モサド’、連れ去れた男はナチス親衛隊のアドルフ・アイヒマンだった。


この映画ハンナ・アーレントは実在していた哲学者、ハンナ・アーレント (1906~1975) のある一時期を抜き取り凝縮させた映画である。
後に米国の国籍を取得するがドイツ系ユダヤ人であり、パリに亡命した時期には強制収容所に連行されながらも脱出に成功し一命を取り留めた経験を持つ。

その後、夫らとともにアメリカに亡命し英語を学び「全体主義の起源」を上梓する。

映画はそのアーレントの、アイヒマンが逃亡先であったアルゼンチンで捕まりイスラエルで裁かれるのを傍聴し、彼がどのような人物で、悪とは何かを思考することが核となる。
実際にあったこと、つまりノンフィクションであるが、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の時代を超えたハンナ・アーレントへの対峙であると感じた。

アーレントの論文は「ザ・ニューヨーカー」に発表され後に本になるのだが、世間の人々、特にユダヤ人が期待していたものとはかけ離れていたため、多くの人々はそのことを受け入れることができず、彼女のことを反ユダヤであると非難する。
当然のことではあるが多くの人々は、ユダヤ人600万人をガス室に送った張本人、ユダヤ人輸送の責任者であったアイヒマンを悪魔的な怪物のような男ととらえていた。が、アーレントの見たアイヒマンはそうではなかった。
命令に従う単なる小役人だったのだ。
裁判官の質問をつまらなそうに聞くこの男には、良心もモラルも動機も信念も邪心も悪魔的な意図もない、反ユダヤでさえなかった。(裁判でのアイヒマンは当時の本当のアイヒマンの映像が使われている)
総統への忠誠、規則や命令を守ることだけが彼の行為の指針となっていた。
完全に思考停止したもの、それは人間であることの否定でもある。

それからもうひとつ、アーレントが強く攻撃されたことの理由は、ユダヤ人指導者の中にアイヒマンに協力したものがいたということを公表したことだった。
それは裁判の中で発覚したことだったが、アーレントは事実を伝えることにためらいはなかった。

思考停止した人間の、悪意さえない悪のことをアーレントは『悪の凡庸さ(陳腐さ)』と名づけた。思考を停止させ判断をなくした人間が残虐行為に走るのだ。その凡庸な悪がどこにでもあることをー仮にアイヒマンが任務を拒否しても代わりの人間がいて同じように執行されることはあきらかだった。—わかってしまった。アーレントの苦悩は深く、その後も「悪」とはなにかを生涯のテーマとしたということである。

では、そうやって思考を停止させ人間の大切な質を放棄した者に対して我々には何が有効な手段となるのか?
アーレントは言った。「考えることで人間が強くなること、危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅にいたらぬよう。」


きわめて今日的テーマである。アイヒマンを我が国の総統、アベという男に置き換える想像を許してもらえるだろう。(石破や麻生は確信犯なのでべつ)
彼は知的でもなければ日本をよくしたいという信念もない。ただ「使える男」であることだけは確かなようである。
そして、残念ではあるが、保身のためなら我が国を崩壊させてもかまわないと思える輩が政権を担い、国民を馬鹿だと思い、だから秘密は優秀な我々が握ってさえいればよいと考える官僚がいて、民主主義が否定されているような今国会運営が成り立っているのは、凡庸な悪があまねくひろがっているからである。

その茫洋たる地平にめまいを感じるのはわたしだけではないだろう。

わたしは十代の頃から、規則だからということで、それがどういうことで、なにをもたらすことかを考えもせず守る人のことを軽蔑していた。だからこの『悪の凡庸さ』という定義に深く共感する。
それは愚かさと言ってもよいだろう。

僭越ではあるが、ハンナ・アーレントを見事に演じきったバルバラ・スコヴァ、難しい問題に深く切り込み見事な手法で優れた作品に仕上げたマルガレーテ・フォン・トロッタ監督に敬愛の念を送りたい。



  ☆「ハンナ・アーレント」は東京では岩波ホールのみの上映で12月13日(金)まで。
   その後全国展開されます。興味のある方は是非!



追記:映画の中でイスラエルのシーンにおいて、黒い服を着て小さな黒い帽子を被り、髪を伸ばしている人がときどき写ります。彼らに対する言及はありませんでしたが、彼らこそ正統派のユダヤ教徒です。彼らはとても敬虔でユダヤ人が国を作ること、イスラエルを建国することに最も反対していましした。シオニストとは対極にあるような人々です。平和主義な人々です。
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by sakillus | 2013-12-06 00:06 | 人物 | Trackback | Comments(6)
ひなまつり
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今日は実紅里の初節句です。

水疱瘡もほとんど治ったようでよかった。

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紙はおいしいかい?
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刻々と変わる君
どの一瞬もいとおしい



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これも大木さんのデュメトルムハイブリッド
小さくてみずみずしく可愛い♪
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by sakillus | 2013-03-03 09:46 | 人物 | Trackback | Comments(6)
明るい家
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少し前のことですが、私の大切な友である歩夢さんの家に行ってきました。

歩夢さん自身が細部にまでこだわった家です。
40畳ほどもある居間では、3メートルもあるフランス窓の高さを
実際に見ないと実感できませんでした。

あぁ、なんて気持ちのよい空間だったでしょうか!

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なんといっても明るい♪
それは彼女の人柄を表すかのようです。
とはいえ陰影も好む歩夢さん、家具屋調度品を見ればその深みを感じさせてくれます。

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居心地の良いゲストルーム


    
光と影

誰でも、どんなものでも両方あって成り立っていますが、
違うのは「量」
彼女は懐が深いのです。


不思議な運命でめぐりあったわたしたち・・・それを教わりました。
それぞれの人はなぜ生まれてくるのかを考えさせてくれました。
運命の糸はわたしの娘もひきよせていました。

わたしたちはかつて同じ時代、時を生きていました(のだそうです)
わたしは、薔薇、それもオールドローズの咲いている景色しか覚えていないのですが、
歩夢さんと娘は同じことを言っていたのです。・・・笑。

こんなことを書いて、何を馬鹿なことを言っていると思われても良いのです。

大事なことは、これからの世界はひとと深くつながること。
近くにいても離れていても助け合えるということが励みになるのです。

ありがとう

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その日はP吉さんと、そして、やはり修道女仲間だったRさんがごいっしょでした♪

とてもおいしい食事をいただきました!


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むふふ  ゴージャスなソファに転がされている実紅里
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by sakillus | 2013-02-11 08:08 | 人物 | Trackback | Comments(4)
Passion
実紅里は、このごろいっそうたくましく、雄叫びをあげたり、
手足をバタバタさせている。
テーブルの上に手を上げてばんばん打っていたりするので、
ならばピアノでも弾くか、ということで
弾いてもらいました♡
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なかなか手の形がよいではないですか〜。
激情型?
アルゲリッチ? (バキッ)

ある時には離乳食にかかんに挑む♡
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おかゆを自分ですすっているところ・・・

そんな生きる力の強い実紅里が大好きだぁ〜
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by sakillus | 2012-12-27 21:08 | 人物 | Trackback | Comments(4)
布実紅里
実紅里は女の赤ちゃんがいかにも着るような柔らかくかわいい服が似合わないねぇ、
もっと強い個性的な色やデザインが似合うねぇというようなことを話していました。
うちには明度、彩度の強い色の布はほとんどないのですが、民族衣装的なものも合いそうだったので試しに布を巻き付けてみました。


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   チベット実紅里


この布はコチニールというもので染めたものです。 ・・・よくわからないですね。

こんな色です
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実際はもう少し渋いかな

ラオスの人が手つむぎで糸にし、それもかなりの強撚糸なのですが、その絹糸で織ったものです。
コチニールというのはカイガラムシの一種なのですが、古くから使われている染材料です。
かなりしっかり赤が出ているので、もうしわけないほどコチニールを使っていることが想像できます。
そのラオスの村でも年々少なくなってきているので、なかなかここまでの染めはできないということです。

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チベット密教の僧侶のえんじ色の衣はこのコチニールで染めると昔聞きました。
一度も洗わないのだそうです。わたしもそうしてみようかな。



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   ラオス実紅里

これもまたラオスの方の仕事なのですが、綿を手つむぎしているので柔らかく空気を含んでいてとても肌ざわりよく暖かいのです。
紺色は藍ですね。

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僧侶みたい


当たるも八卦あたらないも八卦、実は娘は実紅里の将来の仕事を観ています。
布に関係あるのです。
具体的な職業も出てきているのですが、ここでは書かないでおきましょう。


 David Sylvian - Orpheus
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by sakillus | 2012-10-23 09:35 | 人物 | Trackback | Comments(20)
記憶 2
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自分がなぜ薔薇を好きになったかまったく不思議だった。
薔薇好きの方には薔薇という薔薇、あまねく好む方もおられるだろうし、特定の類いの薔薇を好む方も
おられるだろう。
好みの守備範囲の広さということにおいては、わたしはそれほど広いほうではないと思う。
ハイブリッドティーローズにありがちな「剣弁高芯咲き」の薔薇にいたっては、あらゆる植物において
最も育てないだろうと思っていた類いである。今から20年も前ともなれば、薔薇といえばこのタイプがほとんどだったから、薔薇に傾倒するなどあり得ない話だった。(今はそこまで敬遠しているわけではないのだが・・・)

だが、ある日あるときオールドローズの存在を知ってからというもの、それに魅了され、坂道を転がるように、、いや違う、雪塊を回すごとにふくれる雪だるまのように数が増えていったのだった。(近年は増えていない)

  Rose, light of my life, fire in my heart.

どこかで見た台詞のようだがそれはともかく、オールドローズという言葉には特別な響きがある。
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前にも書いたことだが、わたしの娘は手相を観る。
これもまた不思議なもので、どこかで学んでというのでもなく、ある頃からなぜかわかるようになったのだった。

わたしもときどき観てもらうことがあるのだが、今年に入ってからだったろうか、右手のひらを見終わってから突然手の甲側も見せてと言われる。それは初めてのことだった。
わたしの手はたくさん陽に当たり日焼けというより劣化がありため息が出る。
でも、それは仕方のないことなのだ。

「お母さんはね、修道院にいたのよ。」と突然言い、私は驚く。

娘「前世がね。」
私「手の甲は前世なの?」
娘「そんな気がする。」
私「修道女だったの?」
娘「そう。医療行為ではないのだけれど、手当のようなことをしていた。・・・かなり慈愛にみちたすばらしい人だった。」

そう言われると自分のいささか疲れの出ている手もまんざらではないような気がしていとおしくなってくる。

娘「恋愛もあったけれど、その道を貫くために捨てた。・・・その修道院には植物も植えられていて、薔薇もあったかもしれない。」


・・・そうだ、きっとそうなのだ。でなければそんなに惹かれることはないのだ。
懐かしくおもうこともないのだ。
いろいろなことがおしよせてきて胸がいっぱいになった。

わたしは薬用植物にも関心があり、毒草と言われるものにも妙に惹かれる。
修道院というところは植物を薬草としていたことは間違いないだろう。

娘の観ていたことが本当かどうかもわからないし、前世というものが本当にあるのかどうかも立証困難なことである。
私はそれを信じるるかどうかについては、今ではほぼ信じているといえる。
もしくは自分のかつての人生ではないとしても、だれかの生きた記憶が自分の中に存在しているのかもしれない。
わたしはこの頃、薔薇の中では特にガリカとアルバがしっくりくるのだが、修道院にあっただろう薔薇はそうだったかもしれない。

その前世は数ある前世のうちのひとつであるだろう。だが、その修道女が私の中にいるという想像は勇気をくれるものであるし、
願わくばもっと力を貸してほしいと思うのである。

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  Alba Semi-plena
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by sakillus | 2012-10-02 00:59 | 人物 | Trackback | Comments(9)