ROSASOLIS

カテゴリ:人物( 18 )
記憶 1
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   記憶はときおりツリバナの実のようにぶらさがっている


自分の頭がしっかりしているうちは憶えているだろうけれど、
耄碌したら忘れてしまうだろうから書いておこうと思った。


わたしはかつて大学時代演劇の団体に所属していた。
そこはサークルではなく学生劇団で、基本的にそこの大学生以外の人も入ることが可能だった。
学生劇団としての歴史は古くアンダーグラウンド的匂いの漂う稽古場とボックスはかつて先輩たちが
学生運動のどさくさにまぎれて占拠した教室をそのまま使用していた。

唐十郎、不破万作、あがた森魚、常田富士男、先日ちょっと書いた落合恵子も先人たちだった。
明治大学 実験劇場 という。

私は学業そっちのけで芝居のために大学生活を送っているようなものだった。

2年の時に早稲田大学からやってきたUさんは入団するや、人々の心をつかみ、
物事を客観化して批評的に観るということを訴えていた。演劇でもそれをやるのだと。

ブレヒトや菅 孝行の「解体する演劇」をテキストに、「同化」ではなく「異化」を
というアプローチはとても難しかったがトライしてみる価値のあるものに思えた。

役者というのは与えられた役に「なりきる」というのが一般的には用いられる方法だが、
そうではなく、役を「相対化し、役を活かし、自分を活かす」という方法は、感情移入を敬遠させた。

しかし、それは実際やるとなるとわけがわからなくなってしまいがちだった。
それをやるには、人間としての成熟が足りなかったのだと思う。
それでも、それまで自分のちいさな世界に住んでいたわたしに「物事を客観的に見る」
視点は無駄ではなかったし、自分が何を考えているか、わたしと自我、わたしと他者との闘いはある意味若かったわたしには避けて通れなかったのだろうと思う。

大学は3年で中退するものの、実験劇場にはそのまま在籍していたがそのうちやめる。
学生時代に観たある劇団はわたしたちにとってある意味伝説的な存在で、
その劇団が空中分解した後、そこのリーダー格だった人と知己を得て、
何人かで旗揚げする。

稽古場は現在私が住む市内にあった。

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   記憶はときおり この丹後サラシナショウマのようにぱっと開く


わたしはこどもの出産を契機にその劇団もやめたのだが、
娘が4ヶ月の頃、その稽古場に連れて行ったことがある。
県道からけもの道のような細い道を降りていく。
かつて発電所の施設として使われていたものだった。

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   記憶はときに 薄暗がりの中のシロシキブのようにぼうっと浮かび上がる


都内からこっちに引っ越してしばらくしてから、
娘といっしょにそのかつての稽古場に行ってみようということになった。

けもの道のような道をくだり油断のならない橋をわたり目的地に近づいた頃娘は言う。

  「わたしここ来たの憶えているよ。白い壁の建物があってね、
   中には荒くれたような男の人が数人いて。」


娘は、赤ちゃんといっていいごく幼い頃の記憶を断片的に憶えている子だった。



Tracy Chapman - Bang Bang Bang
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by sakillus | 2012-09-28 01:38 | 人物 | Trackback | Comments(6)
八ヶ岳南麓へちょっとお出かけ
先日は娘と実紅里が来たので八ヶ岳南麓へ出かけてきました。

昼食は当初はべつの店に行く予定でしたが、
娘が「せらひうむ」の看板を見つけ、急遽そちらに行くことに。
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以前行ったのはもう10年ぐらい前のことでしょうか、
少し奥まったところにあり、静かで穏やかな雰囲気の店です。
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建物の外観もちょっと変わっていて塔のように見えるところもあります。

中は斜面を利用して建てたのでしょう、階段状になっており
教会のような雰囲気もあります。
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壁のステンドグラスには実紅里もたいそう興味を示し、
静かな雰囲気も気に入っていたようでした。

自然食レストランで、わたしはあまり食べ物の写真を撮りつけていないので
ついつい撮りそびれてしまいますが、
食材にも気を遣っているようでとてもやさしくおいしいです。



以前来たときは初老の素敵なご夫人がおられ、その方は引退なさったようでしたが、
今はその方の息子さんご夫婦ふたりで運営されているようです。

かつて来た時たいへん清楚な花が生けてあり、
「素敵ですね。」と話すとご夫人は、
「もう終わりだからよかったら持って帰ってください。」と言われ、いただいて帰りました。

これがそのときの植物です。
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バイカウツギ
挿し木が成功し今ではとても大きくなっています。
時の経過を感慨深くおもいました。


うふふ
実紅里はたくましく成長しています。
首もだいぶ座ってきました。
よく笑い、何か声も発するようになり、泣くときも激しく泣きます。
頼もしい子でよかったねぇと言っています。
体重はうちの猫2匹分よりちょっと重くなりました。
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by sakillus | 2012-08-25 01:12 | 人物 | Trackback | Comments(4)
小さい人
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白花ホタルブクロ


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小さい人はおもしろい

懸命に泣き、懸命に乳を飲み、
懸命に眠り、懸命に排泄をし、
生きている

エネルギーの塊である

わたしの、小さい人との暮らしはじきに終わってしまうけれど、
このわずかな間のわたしたちの暮らしは
穏やかで刺激的で幸せだった

ありがとう・・・ミクリ


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   夏椿の花が透明できれいで何度も撮ってしまいます。
   

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   絞り咲きカワラナデシコ

  ****************************


3、11以後、妊娠、出産は多いように感じます。
実際のところどうなのかわかりませんが、
周辺ではとにかく多いです。

わたしたち親の世代の若い頃も
後の世界を憂いて、子を産むことを躊躇した人はいました。
3、11以後は、もしかしたらその躊躇をより感じている人も少なくないのではと想像するのですが、どうなのでしょう。


しかしながらどんな時代であっても、
今後の世界がどれほど危ういものであっても、
それでも産みたいと思い、
産まれいでるいのちも産まれたいと願っているのかもしれません。
それはよくはわからないことですが。


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  ナスタラーナ
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  ラベンダー・ラッシー
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  ペルル・ドール
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  ロサ・パルストリス

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  ヤマアジサイ 笹の舞

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  甘茶
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by sakillus | 2012-06-25 23:39 | 人物 | Trackback | Comments(12)
産まれる
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シャクヤク ‘プレーリームーン’
今年は初めて蕾が五つもできた。
強光を浴びるといきなり開いて形も扁平になるので、この姿はずっと好ましい。


  ********************

5月20日0時半頃、娘が無事女の子を出産いたしました!

お心遣いをくださった皆様、どうもありがとうございます。

  *******************

その日は朝からお腹の痛みを訴えていが、夕方頃陣痛が10分おきぐらいにくるので、
かかっている助産院の先生に電話したところ、もう少し様子をみていてと言われる。
8時過ぎには陣痛の間隔が短くなってきて痛みも増すので再度連絡したところ、
まだ産まれるまで時間がかかるかもしれないけれど、一度来てと言われる。

近年の妊婦は出産に手間取る人が多く、時間もかかることが多いのだそう。
そのときの診察ではまだ子宮の入り口が2センチほどしか開いていないため、まだ時間がかかるだろうとのことで一度家に帰る。
帰りの車内でどうも「破水」らしきものをする。
先生からリラックスをするためにお風呂に入るのもよいと言われていたので、
動くのもたいへんそうだったが、ざばっと湯船につかる。この頃出血もあったので
あわててまた先生に連絡する。急いで再び助産院に行く。
実は、破水のあとにお風呂に入るのはよくないらしい。^^;

我が地元にはついに産婦人科がなくなってしまったので、車で1時間ほどかかるところの助産院に
かかっていた。助産婦は夜も昼もなくいのちを預かる仕事だからたいへんだが、仕事としては実に有意義なことだとおもう。わたしは若い頃助産婦になりたいと思っていたし、それはかなわないことだったが今でも気になる仕事の筆頭である。
スムーズな出産のためのプログラムもいろいろと用意されていて、一番はとにかく「よく歩くこと」
だった。娘も毎日5キロぐらいは普通に歩いていた。臨月登山も、これはヒカゲツツジの群生を見るためだったが行った。(これはべつに推奨されていたわけではないが)

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シャクヤク ‘プレアリームーン’

助産院についてからがいっそう展開が早く、もう赤ちゃんの頭が見えていた!!
こう早く産まれるとは誰も思っていなかったが、順調にうまく進んでいた。
助産士の方をもうひとり呼び、的確な補助がなされる。
「イトオテルミー」という線香のようなもので腰を暖めたりしていた。わたしも腰をさすったり
手を強くにぎっていた。
婿さんは、ここまで早く展開するとはおもっていなかったので間に合わず。

近頃の出産はあまりいきまないことが推奨されているようだったし、娘もあまりいきみたいようではなかった。
最後の瞬間だけいきむように指導されいきむと、ついに赤ちゃんが産まれた!!

本当に小さいいのちが誕生した。
生まれたてはかわいいとかというのではないように思えたが、とにかく新たないのちの誕生には感動した。
また、どんな女性でも出産のあとは崇高さを持っているのではないかとおもうが、
娘もこの時ばかりは女神のように見えた。すべてを出し切り浄化されたというか・・・


死や出産をどうして不浄と呼んだのだろうか?
たしかに現象としてはそう思えないこともないが、出産はいのちの芽生えであり、
死でさえもむしろ生の不浄を解いてくれるものでありはしないかと思うのだが・・・

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プレアリームーンのあるあたり 早朝


助産婦さんたちの仕事はすばらしく、妊婦にとても親切でいたれりつくせりだった。
自分の時と比べるとうらやましい気がした。
「とりあげる」ということはこういうことなのかとしばし感心する。

もっと手こずると思っていた出産だったが予想外に安産だったため、次のときにはもっと早く産まれてきてしまう可能性もあるかもしれない、自宅で産まれてしまうかもと言われる。
そのためというわけだはなっかたが、わたしも仕事をよく見ていた。

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娘よ、お疲れさまでした!
good job だったね!

赤ちゃんは2700gとこじんまり産まれてきたが、その後すぐに母乳を飲み、
よく飲んだ。
あなたはこれからどういう人生を歩むのだろうね?


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箱根ツリガネツツジ 
満開までもう少し

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受け咲きオオヤマレンゲ
初開花
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by sakillus | 2012-05-21 01:51 | 人物 | Trackback | Comments(32)
友人
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  今朝 メアリーローズ がきれいに咲いていた。
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  ヨランド・ダラゴン

バラはぽつぽつと決して数は多くないけれど、とぎれずに咲いています。
今でも蕾は多く、ウィリアム・R. スミスなどはまだ40個も蕾があります!

   *********************


大きなランブラーローズの竹の支柱が台風で倒れてしまったり、西側の境のやはり竹の支柱?も
かなりへばってきたので、友人たちの作り替えてもらう算段をしている。

咲季山草軒の看板もまじめにちゃんとつくらなければという想いもだいぶ前からあり、
これも頼んでいたのだけれど、なかなか進んでいなかった。
でも、頼んでいた友人にもいろいろ事情があり無理は言えなかった。

それで、その件をひとまずおいておいて、とにかく支柱から直してもらおうかなと、
べつの友人に話をした。
彼らは同じ市に住み、しばしばいっしょに仕事もし、お互いを尊重しながら
つきあっているとおもう。

看板のことも話したところ、使っていないボードのようなものがあるという。
ずっと前につくったものだが、使っていた店が店じまいをしたので、
友人の元に返ってきたのだ。
「よかったら使って。」というので、とりあえず持ってきてもらった。

その日は彼ら二人の友人が来て、打ち合わせをした。
彼らふたりに共通することは、天然自然のものをとてもたいせつに思っていることだ。
材料は、なるべく買わない、、、
なんといったらよいのだろうか・・・
素材として使えるものは自分で拾ってきたりもらったりしている。
それは自然のものを本当に美しいと思っているからだろう。

もし、自分がそれを活かせないのだとしたら手を加えたくないと言う。
これは、35年来の我が友、ケンジロウ君の言葉である。
もうひとりの友人、スティーブもやはりあるものを最大限に活かすべく創作している。

わたしはスティーブをとても尊敬しているし、
また、私の人生に一番影響を与えた人物はケンジロウかと思う。


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持ってきてもらった看板のようなボードのようなものは、
あっという間に格子のところに収まった。笑。
後ろ姿はスティーブ。
手だけ見えているのがケンジロウ。
後ろでビス留めをしているのだった。

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上部の細工は鉛でできているのだそうで、中にガラスがはめ込まれてあり、
奥には電気があり、つけたらきれいなことだろう。

経年した我が家の格子、家、庭となんら違和感なくおさまっているところがおかしい。
遠くから見るとホビットの家のようにも見える。

ここにニュースでも書くといいのかな?
「この冬は大木ナーサリーのクリスマスローズも販売いたします。」とか。


キャリエールのいなくなったところ。隣りのオノリーヌ・ド・ブラバンもがんばってます。


支柱その他はバラの休眠期のうちにできるといいのだけれど・・・
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by sakillus | 2011-11-20 21:35 | 人物 | Trackback | Comments(6)
台風と9、11と安全保障
今回の台風15号は足が早く、東海、関東に上陸して後、今は太平洋に抜けた模様です。
皆様の地方は被害はありませんでしたか?

うちではほとんど大丈夫でしたが、フランソワ・ジュランビルの大きな竹の支柱が倒れました。笑。

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これはこの6月の様子。
一番花がにぎやかだった頃です。
雨量がかさみ地面が緩んでしまったのでしょうね。
それになにしろ重かったと!

直すのもやっかいだぁと思いながらも、
ほとんど動じていない自分がいます。

きっと3、11以降、わたしは変わってしまったのでしょうね。


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これは姫ツキミソウ
かわいいですね。


   **************

ところで話は変わり、皆様はあの9、11がテロ攻撃ではなく、
アメリカ政府、CIAの内部犯行だということをご存知ですか?

今日は直接的にそれではないのだけれど、それにも深く関する
ある女性、山崎淑子さんのインタビューをご紹介したいと思います。
全部でVol.21まであってとても長いのですが、9、11に関する一つの証言と、
その後山崎さんが不当にも冤罪をかけられ、どうしてなのか理由もほとんわからないまま、
アメリカの拘置所に勾留されたということ、
たいへんな身体的、知的弾圧を受け、体も死にかけながら、でも、屈しなかったこと、
その姿にわたしは打たれました。

山崎淑子さんのインタビューです。
でも、とても長いので、はしょって重要と思われるところをお話しますとね、
2001年、その9.11があったとき、彼女はツインタワーの隣のビルに
事務所を借りる契約を結んだ直後でした。
それで、実際事故のあった時はそのビルの様子も見える自宅周辺にいたのですけれど、
事故後借りる予定のビルに通うため、倒壊したビルの様子も見ているわけです。

それで、あたふたと砕かれた残骸がかたづけられたり(証拠隠滅)、地下に向けて何日も
放水されていたこと(核爆発説を唱える人もいます)、事故直後にテレビの放送で「これはテロだ。」と断言されていたこと、
事故直後すぐさま、愛国的というのか、対テロのほうへ雰囲気づくりがマスコミを通して
準備されていたことなどがまず語られています。

その後一時日本に一時帰国した時に、突然不条理にも山崎さんはアメリカ政府によって
逮捕、拘留されてしまうのですけれど、どういう罪状なのかもわからない。
それはしばらくしてわかったところによると、アメリカには「共謀罪」という
恐ろしい法律があって、もちろん彼女は無実なのですが、誰かが「山崎さんと共謀した」と
言えば、そのことによってのみでも罪を着せられてしまうというものなんです。

なぜ、そのようなことに巻き込まれたということを私が推測すると、一つは9、11を実際に体験してそのおかしさを見てしまっていることと、もうひとつ、
彼女は日本に帰って来た時に、講演会で、真実なのだけれど言ったら危ないことを言ってしまったのです。
(このインタビューはVOL.9)


それはつまり、米の公式発表では、9、11がコミュニケーションミスでペンタゴンさえ攻撃されてしまうほど大ボケだったこと、(実際には攻撃されていない)
もしくは公式発表が嘘だとして、テロが起きることを知りつつ、
それを許してしまったのかもしれないということ。

どっちにしても、日本は米軍が日本に駐留していることと、米の核の傘下にあって他国の攻撃が
仮にあったとしても、守ってくれるだろうと思っているけれど、そんなことはない、
自国で9、11の時でさえ守れなかったのだから、日本だって守れない、もしくはそれを許したほうがなんらかの利益があるかもしれないということで、守らない、というひな形ができてしまっていると。

それを防衛省が聞きつけてこれはヤバいと思ったのではないでしょうか。
実際ある報道の方から、それを言っては命の保証が・・・的なことを言われるのです。

それで、不条理な冤罪、彼女はそれを「拉致」と呼びますが、のべ1年9ヶ月(かな?)ほどの
とても過酷な勾留と服役を経て、ほとんど死にそうな状態で九死に一生を得て、
今は自分の罪をはらす活動をされているようです。
その不屈の精神にうたれましたねぇ・・・

この報告(岩上安身さん、さすがのインタビューです)を見ると、日本がどれだけ米に支配されてるかの一端が見て取れます。
日本は戦後米に占領され、それは今でもより強固に水面下でしっかりと占領されているのだなぁとおもいます。

それに、日本の政府のやることは日本を弱体化させるようなことばかり!
原発はやはり必要と言ってみたり、円高対策と称して、結局はアメリカ国債を買う。
この間も4、5兆円で、またきっと買うのでしょうね。
これって貸した金返ってきませんから。貢いでいるだけなのね。
ほとんど財政破綻している米はTPPを迫ってくるけれど、自由貿易と言っても
向こうは買う気はないですからね。これに参加するなんて笑止千万です。

政治には絶望することのほうが多いですが、おもうに政治家も生身の人間。
思ってはいてもできないこと、言えないこともあるでしょう。
国民の我々がもっと現実を知り、地に足をつけて強くなって、
政治家にまっとうなことをしてもらうように援護射撃をするような気でなければいけないのではない
かなぁと思う今日この頃です。

それと、9、11関連ではアーロンルッソ氏のインタビューも必見です。
映画監督です。氏はこのインタビューの半年後に亡くなられています。
「ある友の9、11事前予告」

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やっぱりすばらしいサワフタギ
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by sakillus | 2011-09-21 23:03 | 人物 | Trackback | Comments(2)
佐藤福島県知事はリコールさせるべきでは?
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これは花も実もあるサワフタギの実ですが、
今日の話は花も実もないひどい話・・・


福島県がなぜ山下俊一なる危険きわまりない人物を福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに起用したのか解せなかったのですが、県知事である佐藤雄平という人物は一蓮托生、こちらもひどい人物でした。

年間の許容被曝量を20ミリシーベルトまでひきあげるという文部科学省の暴挙の裏には、この佐藤県知事の要請があったというのだから驚きですし怒り心頭です。さらには県民の内部被爆量をはかるホウルボディカウンターを受けさせないよう病院に(県外も含めて)指示したというのだから、怒りを越えてやるせないです。この人物、山下氏とともに県民みな人体実験にするつもりでしょうか?

佐藤雄平氏が県知事に当選したのは2006年、前の知事の佐藤栄佐久氏が「収賄」という罪をねつ造されたがために辞職せざるをえなくなったことによってでした。都合の悪い人間が潰されるということはよくある話で、佐藤栄佐久氏はまさに、「参院2期を経て、知事に就任2年目の事故で、原発が抱える根源的問題を直観、原発や原子力行政を学び、その在り方に批判的になっていった」がために潰されたのでした。

名字がおなじなので混同しないようにしたいものですが、佐藤雄平氏は叔父である渡辺恒三氏の力を得て県知事に当選しました。渡辺恒三氏は民主党の最高顧問でもあり、地下式原子力発電所政策推進議員連盟の顧問でもあります。この重大な事故の後でも原発を推進するという冷酷で罪深い人物です。

これ以上この人たちの暴挙を許さないためにも福島県民は佐藤知事をリコールさせるべきではないでしょうか?また、県民以外のわたしたちも怒りをあげてよいのではないでしょうか?
原発事故ではっきりしたのは、国家とは暴力装置で、国民の幸せよりももっと守りたいものがあるということ、マスコミは真実を伝えないということなどです。

ソース元:カレイドスコープ 2011.9.02
なお、この中で「福島のお父さん」と言われている学者武田邦彦氏については、わたしは良い仕事をして来たのではないかとおもっていますが。
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by sakillus | 2011-09-08 00:33 | 人物 | Trackback | Comments(4)
カシス
生まれでてくる子どもは、親を選んでくるということを言う人もいる。
私自身はそのような感覚はまったくないが、わたしの子どもは「選んで来た。」と言う。
娘は赤ちゃんの頃からある年齢の頃まで天真爛漫であまり手もかからなかった。
その明るさはずいぶんと私を救ってくれた。

お腹が大きかった頃は、どういう子が生まれるのだろうと想像してみたりしていた。

今から1ヶ月以上も前のことだが、とある若い女性が訪ねて来た。
我が娘はある頃から突然手相を観られるようになった。
まったく勉強をしたわけではなかったのだが、なんとなく感じるようになったのだという。
それは別人が観ているようだと言う。
少し前から知人だけではなく広く観るようになり、とある縁でその女性は遠方からお越し下さったのだった。

彼女はとても喜んでくれて、娘にとってもいろいろな方の人生を知ることは学びにつながり
よかったと言っていた。

その女性は、そのときうちで売っていたブラックカラント、別名カシスを記念にと言って買っていった。

話は戻り、彼女を見て、どういうわけかこの人が私の子どもであっても不思議ではないなとおもった。そう思うなにか近しさのようなものがあった。しかし現実は実際の娘が子どもである必要があった、のだろうか?
偶然と必然という話はややこしい。口論になることもあるのだが、どちらかというとわたしは、やはり必然に軍配を上げる。
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カシスは生食ではクセがあり向かないということだが、わたしはかなり好きだ。
これを見るといつもその女性のことを思い出す。
カシスと彼女は少し似ている。

そんな不思議なことがあった日。庭が一年で最もにぎやかだった頃。
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by sakillus | 2011-07-15 21:50 | 人物 | Trackback | Comments(6)