ROSASOLIS

カテゴリ:こころ( 12 )
椿 紅妙蓮寺
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椿 紅妙蓮寺が今年もたくさん咲いてくれています。
いろいろな表情を見せてくれます。
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開ききるとちょっと明るすぎるんですが、開き始めは秀逸、色も乙女らしくて素敵です。
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落ちても綺麗です。


この時期大量に落ちる落ち葉を日々掃いています。
カサカサ音のする落ち葉をザザ〜、ザザ〜ッと掃くのはとても気持ちがいい。
何も考えないというのがまたいい。

私はしばしば瞑想をしますが、瞑想は何も考えずに自分の中に潜るのが良い。
思考が苦悩を呼ぶということがあります。思考には自分の癖があり、ついついマイナスに陥りやすい。だから何も考えない時を作るのは大切、
その間に新たな展開が生まれることがあります。


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カラフトイバラの黄葉はとても長く、完全に黄色になるにはとても長くかかります。
実もほとんど落ちきったこの時期の色は儚く私は一番好きです。

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ロサ バンクシアエ ノルマリス は相変わらず常緑で。笑
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by sakillus | 2017-11-25 09:35 | こころ | Trackback | Comments(5)
白花タマアジサイ
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タマアジサイはヤマアジサイに遅れてこの暑い夏の時期に咲く大型のアジサイの一種です。
ぱんぱんになったつぼみから、
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少しずつ開けてくる様子は毎回驚きをもたらします。
この白花タマアジサイは段々畑のような棚田のような重なりからぷちっとあふれるように出てきます。
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タマアジサイの咲くのを見ると、私は、「エロス」という言葉が自然に浮かんできます。

エロスという言葉は「ギリシア神話に登場する恋心と性愛を司る神である。ギリシア語でパスシオン則ち受苦として起こる「愛」を意味する普通名詞が神格化されたものである。」[wikipedia]とあります。
たしかにこの花は野生の性愛を表す風格を持っていて、性愛から起こる受苦もさらっと見せてくれています。
しかしながら、わたしは、いつの頃からか「エロス」は「生きること」と変換して覚えていて、まぁ、勝手ではありますが、生きることの中に受苦もありながら、広く深い意味の愛に支えられて生きることをこの言葉に捧げたいのです。

湿度のあるこの暑さのなかでタマアジサイは鏡となり存在しているようにも思えます。

少なくとも、わたしは「生きている」から外れてはいないと、そのことがまた、最期の時を迎えるまでの支えになります。

というのも、わたしは死ぬ時のことを意識して若い頃から生きてきたから、
死ぬ時にどれだけしゃんとして、すっきりとあるいはもっと今は表現できない死へ向かうことを
意識してきたから、今をどう生きるかはそれへとつながるとても大切なことなのです。

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by sakillus | 2017-08-12 22:08 | こころ | Trackback | Comments(2)
言葉と責任
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アサマフウロ


猛暑の続いていた今年の夏もお盆が近づくにつれ朝晩はしのぎやすくなってきました。
恵みの雨、夕立の降ってきた時にはかまわず窓を開け静かに座り目を閉じ外の声を聞きます。
無数の虫の音、さぁっと降る雨音、静かな交響曲のように完全に調和がとれています。

わたしの意識は外界に広がりひとつになり、ひとりの人間は小さくも大きく、大きな存在、カミのかけらが自分の中にもあることを感じます。

「神」、と漢字で書くと宗教的な人格のあるような存在を思ってしまいますが、「カミ」はそうではありません。宇宙を統べる大きな「存在」とも言えないような、しかし、確実に感じられるおおいなる存在、理です。


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初期のイングリッシュローズ ウィンドラッシュ 
とても良い香り
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いただきもののレアなバラ シークレットガーデン 
アリスターステラグレイに似ています。
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これはアリスター


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言葉には本来強く深い意味があります。
そして、言葉を発する人間には責任があるはずですが、
その責任からもっとも遠いところにいるのが我が国の首相です。

これまでもそうでありましたが、先日の戦後70年談話ではあまりのひどさにいかりがこみあげてきました。
「侵略」、「植民地支配」、「痛切な反省」、「お詫び」・・・これらの言葉を使い、戦後70年にふさわしい談話を作れ、でも、ボクは本当は謝りたくないのだけど、謝っているいるように感じられるような内容にしてね、というオーダー?で誰かの作った作文をもったいつけて読んだ安倍晋三氏、
彼こそこころのない今の自民党を代表するトップなのですね、
あぁいう姿はこどもには見せたくないものです。

自分のやっていること、進めようとしていることと談話の内容が極端に矛盾する数々、しかしながら
「先の世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」の一節にはさすが歴史修正主義者安倍氏の面目躍如、そこだけはなるほど、この政権、官僚の言わんとすることが不気味に浮かび上がってきます。
歴代内閣が謝ってきたんだからもういいでしょ、ボク、ポツダム宣言だって承知していないんだから・・・

彼らがどうあがいても歴史を変えることはできません。メディアをアンダーコントロールして歴史を修正した気になっていてもその責任から逃れることはできません。嘘とごまかしを重ねてもそれは必ずや自分に返って来るものだからです。

原発というおそるべきダイナマイトを50機以上抱えている我が国、もちろんそれがなくても戦争はしてはいけないのですが、あるからなおさらしてはいけないのです。
近隣諸国とは平和外交でともに歩んでいってもらいたいものです。


言葉と責任ということをこの春から特に考えさせられることが多かったのですが、あの談話ではそういうことを通り越してただただあきれるばかりでした。
残念ながら現政権にしても世界の権力者にしてもとんでもないことをやろうとしていますが、わたしたち一個人としては、まことのこころで行動するという、これにつきると感じた雨の日でした。


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八重咲きオニユリはおしべが花弁になったことがよくわかります。
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小型ギボウシ 文鳥香
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by sakillus | 2015-08-18 02:13 | こころ | Trackback | Comments(0)
ひび
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   ダブルデュメトルム交配

春の気配が少し漂って来たかと思えばまた寒さがぶり返す、3月はなかなか一筋縄ではいきません。
三寒四温とはいうものの、四寒三温のほうが近いよなぁと毎年思います。

バラの剪定は遅まきながらなんとかひとつふたつの大物を除けば終え、
肥料も毎年のことながらすこ〜しやっておきました。
まだ芽が動く気配は感じられず、なに急ぐこともないというのが本心。

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   グラデーションになっている小輪ダブル


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人質事件についで川崎で起こった中一殺害事件において、もやもやとかつ痛ましい想いに数日支配されていました。
加害者およびその親、また今回の場合は被害者の親に対する怒り、あるいは複雑な感情はあるものの、こういったことが起こらないようにするにはどうすればよいのかをいくつかの視点から考えていました。

わたしはテレビ、新聞を見ないので主にネットから情報を断片的に取っているので、
逐一正確なことを知っているわけではありません。
推測の範囲を出ないこともあります。他人の事情や心の中のことなどはどんなに近しくしていても
完全にわかるのはまずないというのが本当のところ、
その中で想うこと。

ひとつは、自分のできることとしたいことを見極め、何を最優先させるかということ、
いやこれは、自分自身にたいしても言っているのです。
人間は他の動物よりも子どもを守ってあげなければならない期間が長い以上、
母親は命がけで子どもを守ってあげなければならないと私は思います。
それが本能であるということを無条件に了解できる人とそうでない人がいることも
知っています。
もしも、母親が後者であった場合どう守れたか、守れたやり方がきっとあったはずなのに、
現実があのような苦しい結末を迎えたことにうちひしがれ、
当事者でない者としてはこれ以上言葉が出ません。


最も忌まわしく恥ずべきで狂っているのは加害者であり加害者の保護者であるにもかかわらず、
失礼な言い方かもしれないが、あの加害者の親たち(妻は後妻らしい)の写真を見たとき、これはだめだと思ってしまいました。
18歳の主犯格の少年はこれから罪が与えられる。親もそれなりに。

私が気になるのは被害者側でした。母親は悲しみと苦しみに苛まれ、いつかは落ち着く日もくるでしょう。しかし、自分自身を、こどもを死へと導いてしまった原因の一端があるとしたら、
そんな自分自身をどう克服できるのだろうと思ったのです。
克服する気持ちがあるかどうかはわかりません。ただ克服すべく省みてほしいと願ったのです。
人には生まれ持った度量のようなものがあるかもしれないが、ことが起こった時にそれをどう省みて次に活かせるかどうかで、元々の度量を越えることができるはずなのです。
もしも自身に欠落しているものがありそれを客観視し、省みることができたら亡くなったりょうた君もうかばれ、彼女自身も前に進むことができるだろうと、これはわたしも母子家庭で育てた同じ境遇からも言いたいことなのです。

まだ幼い子たちが4人、これからも身を削るように働くてはならない、きっと暮らしも楽ではないだろうことも案じつつ、ひびができた器をとどめ再生させる手だてを祈らずはいられません。


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気に入った3組を大鉢にまとめてみました。
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マンサクは満開

一枝切って部屋に入れると柑橘系の良い香りが漂います。
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by sakillus | 2015-03-09 00:44 | こころ | Trackback | Comments(0)
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だいぶ前のことですが、おそらく20年かそれ以上前のこと、
「アインシュタインロマン」という特別番組が数回に渡って
放送されたことがありました。
ご存知アインシュタインの相対性理論をわかりやすく解説した番組でした。
興味深く観ていたのですが、その中でアインシュタインは量子論を認めていない、
対立していることが描かれていて、一例として
量子論のボーアが「わたしが月を観ないことで月は存在しない。」という結論を導くのに対し、
アインシュタインは「わたしが月を観ていようといまいと月は存在する。」と言っていて、
そのことがその時以来ずっと記憶から離れることはなく、
わたしはそのときも今も「わたしが月を観ていようといまいと月は存在する。」と思っているのですが、一方では、世界、いや宇宙にはわたしの知らないこと、存在は知っていても考えていないことがごまんとあり、
知らない事、考えてない事は存在しないも同じともいえ、このことのわたし的結論はずっと出ないような気がしています。

もちろんわたしは量子論についてはほとんどわかっていませんが、
それでも量子論には宇宙や私たち人間の生命の謎を解く鍵がありそうな匂いがして、
それは、「宇宙を構成する最小単位の素粒子に意思があるとする」=「集合意識」を示唆するような教示がありわくわくさせてくれます。

この「集合意識」というのは「意識」と「無意識」よりも奥深くにあり、
人間とかという種を越えたあらゆる生物、無生物もかな?にあらかじめインプットされてるようなものだそうです。


と、今夜は皆既月食だということで、こんなことを想いました。
みなさまのところではご覧になれましたか?
我が地方では雲隠れにてだめでした。
今は早く流れる雲の合間にちらほらと月をうかがえます。

わたしの知らないところで起こっていることは、厳しいものであるならば、
たしかに気が楽ではありますね。

画像は今きれいに咲いているアリスター・ステラ・グレイです。
今晩の月はこのように黄色くはありませんでしたね?



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サフラノ

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四季咲き雲南ハギ というもので、花色が繊細でなかなかよいです。

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来年の蕾をすでにたくさんつけているコブシ.バレリーナ
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by sakillus | 2014-10-09 00:43 | こころ | Trackback | Comments(0)
PC遠隔操作事件についておもうこと
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「人は見かけで判断する」と公言していた私は今回のPC遠隔操作事件の片山氏には完全にやられた。

わたしはテレビも新聞も見ないのでこの事件の5人目の逮捕者が出たことを知ったのはそう早くはなかった。
うっすらと、事件の概要と今回逮捕された片山容疑者がどのようにして逮捕の決め手となったかを知っても、事件そのものにはそれほどの興味はなかったし、それより大事な事件が世の中には蔓延していた。

それがなんとなく注目するようになったのは弁護士である佐藤弁護士が「片山さんは無実である。」と記者会見で熱く語っていたのを見てからだった。

検察の言う「決定的な証拠」は決定的なものではなく、状況証拠こそ山盛りにあるが決定的な証拠はなかった。
弁護団は検察のもろい証拠を突き崩し有利であるように見えた。
はたまた大手マスコミは警察や検察の流すリークを流してはそれが誤りだったことを露呈するはめになった。

おそらく片山氏は無罪で、その無罪とは本当にやっていないという意味か、証拠不十分であるが故に推定無罪で無罪になるのではないかと思っていたし、おおかたの関係者やジャーナリストもそう思っていたのではないだろうか。

それが今月16日の「真犯人メール」では、いよいよ来たか!という展開。これまで4人の誤認逮捕の際に登場したように、
今回もやっぱり犯人は他にいて、片山氏は犯人ではない!と思ってしまった。いっせいに事が動いた瞬間だった。

それが、「河川敷で真犯人メールを送ったとされるスマホが見つかる。・・・スマホには片山氏のDNAが」の報道でまたしても急展開。
その日19日佐藤弁護士との朝10:22分の電話を最後に電話がつながらなくなり、片山氏は行方不明となる。
保釈中の身は行動確認(要するに尾行とか電話の盗聴などもあるかも)されるのが常となっており、河川敷の行動も、片山氏は尾行されていないと思ったが実は捜査官が見張っていた。それなのになぜ19日は行動確認されていないのか!?
いやいや、もう身柄を拘束したのではないかと思ったりもした。
翌朝、片山氏が佐藤弁護士のもとに姿を現し「すべてはわたしがやった。」旨を告白したことは大きなショックと自殺しなかった安堵が同時に起きた。

同日と22日公判後の佐藤弁護士の記者会見で、片山氏の精神の状況と事件のあらましなどを伝える。

解離性人格障害、自らをサイコパスと認めるなど驚くべき事実が語られる。それらの事が衝撃であったことと佐藤弁護士が変わらず淡々と現実を認め、「片山氏がこれからも嘘をつくことも含めありのままの彼にもどるまでつきあう。見捨てる事はない。」と語った事には胸が熱くなった。そう、この事件を追っていたひとつの大きな理由は佐藤弁護士の熱意と情だったから。

「弁護士という職業はある意味、悪魔の代理人である。」と語ったことは被疑者が無実を主張すれば弁護をするのが仕事であり、それが時には実は犯人を弁護してしまうこともありうるということで、どこかの新聞が「佐藤弁護士は片山容疑者のことを悪魔と言った。」ことにはなりはしない。また、佐藤弁護士は見抜けなかったと言うことが大事な点かと今更ながら我が国の大手マスコミにはうんざりだ。今回こういう形で弁護側は覆されたとしても佐藤弁護士の仕事を見られたことはよかった。

話を最初に戻そう。諸々のことがあり多くの人が騙されたこの件、人の中身はそう簡単にわかるものではない、わかると思っていてもそうではない、ということを実感させられたが、それでも、見かけで判断することをわたしはやめはしない。むしろ、自分の眼がまだ不確かであることを認めながらも見抜けるようになりたいと思う。それには自分自身へのごまかしとも向き合わなければならない。それは自分自身の芯を太くすることでもある。

人の見かけは表情にあらわれるそれまでのそのひとの人生でありこころの欲望であり波動であるから。

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写真は saki と名づけられた薔薇  わはは

いただきものの薔薇であるが、アルバがモスになりどれにもあてはまらないから。


  ☆5月22日 公判後の弁護団記者会見
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by sakillus | 2014-05-24 22:47 | こころ | Trackback | Comments(0)
かすかな記憶

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by sakillus | 2014-01-24 10:43 | こころ | Trackback | Comments(0)
風花
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夜中に降った雪をあっという間に吹き飛ばして風花となる。

日本人の精神がもっともっと強くなるように、と祈る。
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by sakillus | 2014-01-19 07:56 | こころ | Trackback | Comments(0)
沖縄気分
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   あ〜、沖縄行きたいなぁ〜!

と思っているのはわたしです。


以前一度だけですが行ったことがありました。
忘れられません。青く美しい海、遠くから見るとブロッコリーみたいな常緑樹の森、
赤瓦の屋根、芭蕉の林、やさしい風、おおらかで静かな時間、おばぁさんたちが芭蕉布の糸づくりのために芭蕉をゆる〜り運んでいる姿、のんびり寝そべっている猫、明るい藍染め、おいしかったごはん、広く快適なホテル


この美しい島に米軍基地の74%が置かれているなんて理不尽です。
よく知りもしないで、沖縄経済は基地で保っているなんて言う人がいますが違います。
基地をめぐる何倍もの収益を他の仕事であげていると沖縄の方は言っています。

あさってを投票日に迎える名護市にあるキャンプシュワブ(辺野古予定地に隣接している)はたいへん広大な基地で、もしもこれを返還してもらえるならば、最高のリゾート地になり、今の雇用の10倍、100倍の雇用を見込めると「かりゆしグループ」のCEO平良さんは言っていました。

普天間の代替基地をつくる必要があるのかないのか、一説によると、米軍は(沖縄では)近すぎるので(つまり、中国からのミサイル射程距離内に入るということ)辺野古はなくてもいい、という話もあります。基地が欲しいのは日本ではないかという話が続きます。
しかしながら一方では、ヘリテージ財団(戦争やりたい人たち。石原尖閣発言を用意したところ)のクリングナーはその論文において、「早く辺野古に基地を作れ」と書いているのも事実です。

でも、とっとと返せ!帰れ!じゃないですか。

沖縄の人々は怒っています。

2013年1月、沖縄41の市町村県議会、つまりすべての市町村は
オスプレイ配備撤回、普天間返還、新基地No」を決め、それを「「建白書」として安倍そーりに手渡すべく要請団が出向きました。

その要請団に対し、「売国奴帰れ」などとひどいことをアジっている集団、エセ右翼の馬鹿な人たちがいて、その中で先頭切って怒鳴っている輩が田母神としおでした。

どっちが売国奴だよ!。


名護市長選は稲嶺氏が有利とされていますが、それを聞くや、石破は辺野古推進を誘導するために500億円の名護振興基金をつくると言ったとか。
あぁ、本当にいやな人ですねぇ・・・(追記:その後管官房長官があわてて否定)
失礼ですよ!(仲井眞知事は金になびいちゃったけれど)多くの沖縄の人たちは、基地を返還してもらって自分たちで仕事と金は生み出すと言っているのだから。
戦争につながるあらゆるものを否定すると言っているのだから!


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  沖縄ガラスにコウヤボウキ
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by sakillus | 2014-01-17 21:23 | こころ | Trackback | Comments(2)
異次元
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ガリカ ベルイジスの葉が枝の先端のみ残っている
うっすらと紅葉した葉がきれい

ヒメコブシは来年の花をもう準備している
銀色のふっくらとした蕾が光にあたってきれい


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わたしは毎朝亡き師からいただいたお皿を胸に抱いて少しの間話しかけています。
その応えは師の声なのか、わたしのうちなる声なのかわかりません。
ただ、自分の予想だにしないことがかえってきます。

この間も、
「五次元を感じてみなさい。できるはずだから。」とおっしゃる。

おそらくたとえば五次元ということなのでしょう。
異次元はこの世界ではないところにあるのではなくてこの世界にあるのだと、おもいます。

おそらく師の言いたいことは、ステージを上げることによって見える世界は変わってくる。
そうすれば違うアプローチの仕方ができる、ということなのではないかと思いました。



木は枝先で特に、世界を感じているとおもいました。つまりアンテナになっていると。
草ものは葉先で。

わたしは毎日毎日指先を使う仕事をしているおかげで脳の鈍りが遅くなっていると感じています。
何をキャッチするか?
ヒントはふいにおとずれます。


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シモバシラに霜柱があがってきました
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by sakillus | 2013-12-22 11:08 | こころ | Trackback | Comments(0)