ROSASOLIS

立水栓 その2

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   雨に遭って少し傷んだパンパスグラス


水道の位置を変えるには給水管がどこを走っているか確かめなければならない。
それで、「給排水管の図面ありませんか?。」と聞かれたのだけれどないのだった。
それは工事を水道屋がやったのではなく、大工さんがやったからだとおもう。

一般的には管の位置には約束事があるらしく、それにそって庭師さんは推定して掘ってみるのだが、ない!

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場所を変えて掘ってみるとあるにはあったが、それはないだろうというところに・・・
ちょっとしたアクシデントもあった。
でも、少々のことでは動じない彼は「やられましたね。」と苦笑して処理する。


それから、新たな水道の位置とそれに近い給水管まで深さ50㎝に管が通せるように掘る。

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掘ってますね。

立ち上がる水栓の位置を決めていよいよ石を積んでいく。



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上の写真をみていただければおわかりのように、石の間に何かを詰めているのだが、
これが今回の目玉!(と言えるかどうかわからないが・・・)

今回立水栓をつくるにあたって、一つは石の量が足りなさそうだということと、
普段は端正な仕事をすることの多い庭師さんであるが、そのためには石を切ったりしなければ
ならない。それは手間のかかることでもある。
石を補い、また石切りを避けるために間を練り土で埋めようというのが彼の案だった。

そうしたことは彼にとっても初めてのことで、それがどのようになるのかはわからない。
しかし、そうおかしなものにはならないだろうという、おそらく自信のようなものが彼にはあったとおもう。
それに、少しは予測できないことをやるのも愉しいものだ。

それゆえにわたしに「粘土質の土を採ってきてくださいね。」と頼んでいたのだった。
と、ところが、採取した土と上で堀りあげた土とどちらが粘質かというと、なんと、我が家の土の方が粘性が高かったのだった!
ある意味、が〜ん。 (まぁ、その辺りはなにも入れていないのでそれもあろうかと・・・)
で、結局堀りあげたうちの土にセメントを少し入れ、稲ワラをつなぎ目的で入れることにしたのだった。

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それらを混ぜて水も加えこねている図
これはわたしもやっています。
はっきりいってとてもたいへんです。!!
         また筋肉がつきそう・・・太陽光がひりひり痛い。腰は大丈夫か!?

「あと何回ぐらいやるのかねぇ?。」
「10回はかたいでしょうね。」
     ・・・・・・・・・・・・・・・ため息・・・・・・・・・・・・・・


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練り土をさらに手でこねて、入れていっては押し込み、棒などでつつき、
鉄筋がわりに竹を縦、横に入れていく。

あの、はっきりいって、石だけより、石を切るより手間はかかっているという・・・
でも、たいへんだけれど、これもなかなか味のあるものになるとおもう。

今回の彼の狙いは、端正なものをつくるのではなく、
「農家のオヤジがなにげなく石を積んでできたもの」風につくるということだった。
無作為のように見える作為とでも言おうか。
端正につくることはむしろ簡単だという。でも、それが合うところと合わないところがあると。
まわりのいろいろな要素とあわせなくてはならない。
だいたい庭は主の性格もあらわれるものだから、わたしのような人間が関わるものなのだからラフな部分があった方が良いに決まっているのだ。
今ある植栽を見てもしかり。

それでいて、決めるところはしっかり決める。
さらに、これから加えていくだろう植栽を含めて良い感じにもっていくこと。
立水栓だけで100%にはしないこと。

いろいろなことを考えての上でやっている。
やはり彼はプロなのだった。とても良質な。
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# by sakillus | 2008-08-31 02:07 | 庭づくり | Trackback | Comments(6)
立水栓 その1

外の水道、いわゆる立水栓というのをどうにかしたいと思い始めたのは今年に入ってからだったとおもう。

今までの状態は、西側、道路寄りの位置にあり、おもいがけなく成ったかぼちゃやズッキーニ、
シソの海の中で水を出すという用途を済ますだけのものだった。

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これは水受けをはずした状態。水受けはよくある疑似コンクリートのようなもの。

笑ってくださってけっこう。
そこに椿が1本、戸惑い気味にある。(左端で切れている。)
西側はまだほとんど手つかずの状態である。まぁ、いろいろと手がまわらないので・・・

これをなんとか見栄えをよくするため、どうしようかと庭師さんに前から相談していて、
敷石にも使った、窯として使われていたくだけたレンガを使おうか、または私お得意の川から石を拾うかなどという案もあったのだが、レンガは数が足りない可能性が高く、川石は角がとれているので使えない(使いにくい)ということだった。

この仕事は庭師さんにやってもらうつもりだった。
以前彼のつくった立水栓を写真で見せてもらったのだが、それは、平たい石をつみあげたもの、水受けのところも黒い玉石をきれいに並べてあったもので、えらくかっこよかった。
こんなのいいなぁと思いつつも、わたしの庭にはもったいない気がしていたし、完全に傍観者だった。
予算も限られているので、それはそれ、うちはうちとおもっていたのだが、自分でやらないのは石またはレンガをかためる(間を接ぐ)作業に自信がなかったことや、プロの仕事も見たかったからなのだった。

私も特に急いでいたわけではなかったし、彼もほかの仕事で忙しかったこともあり、そのまま
月日は流れ、少し前、こんな石はどうかとサンプルに持ってきたのは2種類の石だった。
ひとつはフィリピン産の、もうひとつは生野丹波石というもの。
値段的には少しの差、表情は雲泥の差だった。
厚みはさほどなくて、形が良い。山の表層にあるらしいのだが、自然に風化しか感じがまた良い。月日が経ち、苔も自然に生えてくるのだそうで。

もちろん石は高価だ。石自体はただでも、それを堀り、移動させるのにどうしても手間がかかるのだから仕方がない。
そのようなものを使うことに抵抗がなかったわけではない。
しかし、彼もこの石をたいへん好きで、プロにやってもらういじょうはやりやすい材料をつかってもらうのも道理ではないかともおもう。

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生野丹波石
こうただ置いてあるだけでもいい感じ


そして、もうひとつの軽い抵抗感はそれが遠方の石であるということ。
わたしはできることなら自分にかかわる一切のものはなるべく近いところで調達できるものが良いと考えている。遠ければ遠いほどそれにかかわるエネルギーが余計にかかってしまうし、そぐわない感じもするから。
何をどれぐらいの近さでというのはものや場合によるので一概には言えない。
しかしながらそうできないこともしばしばで、そのことに厳格になりすぎて窮屈になるのも考え物である。それになにごとにも例外はある。自分が旅先で買ったものや、遠方の知りあいがくださるものなど、きもちを大事にしたいこともある。

この生野丹波石は庭師さんが手持ちのもので、彼も気に入ってはいるものの遠い地方のものを使うのはばかばかしい、これからは近いところの石を探す、この石はこれが使いおさめになるかもしれないということで、この生野丹波石を使わせてもらうことにした。


わたしには考えつかないことを考えるもので、彼は水栓の位置を変えた方が良いのではないかと言う。
今までの位置では水を汲む度に隣を向かなくてはならない。
位置も少し遠い。
水道管を伸ばす工事はそれほど難しい事ではないと言う。

そんなわけで、新しい場所はデッキ前格子の向かって左、Reve d'Or の前に。
完全に「見せる」ものになる。
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# by sakillus | 2008-08-25 16:39 | 庭づくり | Trackback | Comments(2)
秋の気配さえ

この夏、この辺りでは毎日のように雷雨が降りました。
おかげで水やりから解放され、草木にはエネルギーが蓄えられました。

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今年初めてたくさん咲いたヤマボウシの木はどうやら実を保持できるだけの力は持っていなかったようで、先日2つだけは実を見つけましたが、何日か経って、それも落ちてしまったようです。
葉には少し斑ができ、色も黄味を帯びてきて、いよいよ紅葉の準備をはじめるのですね。

夜には虫の音、朝晩には秋の気配さえ漂っています。
暑いのはいやだといいながら、フライング気味の秋の到来には寂しささえ感じます。

パンパスグラスは絶好調。ことしは20本ぐらい花穂があがっています。
あまり威勢が良すぎても困るので葉をだいぶ整理しました。


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Alister Stella Gray はこんな季節でもきれいに咲いて、樹形もほどよいし、
本当に良い薔薇だとおもいます。

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Mme. Georges Bruant は夏になり、驚異の連続開花!
一日で散ってしまうのが残念です。


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白かのこゆりに接近しているのは Le Vesuve
この季節わたしの庭ではめずらしくこんな濃いピンク色のばらが咲いたので、
驚きました。形も良くて。


ところで、数日前近くの山に土を採りに行ってきました。
粘土質の土です。

え〜、べつにやきものをするわけではありません。

稲科の草を刈って何かに・・・
これもべつに壁を塗るわけではありません。

近いうちにわかるでしょう。ふふふ


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近くの山には今アジサイがたくさん咲いています。
ボケボケですが、それがタマアジサイなのだということを初めて認識しました。
知らなかったんですか?などといわれ、
く、くやしい〜〜。

この辺がメッカなのだそうです。
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# by sakillus | 2008-08-22 18:09 | Trackback | Comments(8)
網の目

どんな庭にしたいか?という問いに対する答えは容易ではない。
たとえばバラを中心にして宿根草を織り交ぜてとか、落葉樹のつくる緑陰に山野草が足元を飾ってとか、また違った角度から、花だけでなく葉を含めてキャンバスのように彩りを考えてとか、英国風、いや、日本的英国風?とか、
はたまた虫や蝶の飛び交うビオトープのような庭だとか、ひたすらバラのみとか・・・
(これはわたしの答えではなく)そんな言い方も一つの答えかとおもうが。

新しい庭に移り1年と5ヶ月近く経ち、そんな短い期間の間でも私の気持ちは移り変わっていった。
当初はおおまかに場所を区切って、(区切るといっても視覚的にはっきり区切るのではなく、それぞれが関係を持ち流れるようにというのではあるが)洋風気味にとか、和風気味にとか、スコットランドの匂いを感じさせてなどと目論んでいたのだが、今はそれはあまり意識していない。
しかし、場所場所によって日向、日陰、陽の光も午前中と午後では質が違ってくるし、道路に面した場所と奥まったところではおのずと何を植えたいか、植えるべきかが違ってくる。
既存の樹木の位置によって自然にできあがる景色もある。
自分がこれまでに手に入れ植えてきた草花、樹木は絵を消しゴムで消すように簡単になくすわけにもいかないし、また、そうしたいともおもっていないから、それらの、つくり出し醸し出す雰囲気もあるだろう。

一つの種類で他を圧倒してしまうようなものには困りものだ。山など自然界などと違って、人間がある程度制御することも当然必要になってくるだろう。
庭はゲームとは違って簡単にリセットするわけにはいかない。だがやはり、一つの種類で他を圧倒してしまうようなものは困りものだ。
植物に対する知識を深め、それがどのような育ち方をするか理解した上でその環境にふさわしい場所に植えればそう問題はないのかもしれない。(そうは言っても人間の予想の範囲で広がり織り重なるだけの景色などつまらないのだが。こちらの予想を裏切る動きはおもしろいから。)
そういう経験則、技術的なこともひとつ。

しかし、そういうことだけでなく・・・


わたしは植物たちの奥にひそむ声を聴きたかった。
この空間をどう感じているのか?隣り合う草木と心地よく呼応できているか?
いやではないのか?
調和がとれているとおもうか?
また、声というものではなく・・・ここはむずかしいところだ、なんといってよいのかわからない。それらを形にしているもの、ひそんでいるもの。
それを感じたかった。
そして、それをわたしが感じられたときに庭はどういう現れ方をするのか!?

草花、樹木同士の調和、景色としての調和、まわり(近隣)との調和。
それが本当にとれているのかどうかがわかるには、私自身の感受性がより高まらないとそれなりの判断しかできないような気がしてきている。
庭に求めるかたち、それはあって無きようなもの。無きようなものを形にする。
けはいをかたちにする。
だからまだまだ全然到達できないのだ。

今まで庭に椅子を欲しいとはあまり思わなかった、いや、欲しくなかったわけではなかった。特にお客さんが来たときなど、あればとも思ってはいたのだが、それより植物を植えたかった。
けはいを感じるのは作業をするときで十分だとおもっていた。しかしながら、先日、じっくり感じたいと思ったとき、椅子を強く欲した。
いろいろなことが網の目のようにこころの中に去来するとき、椅子に座って確かめたいとおもった。それはじきに置かれる、かもしれない。


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クロマテラというバラは鉢の下穴から根を土中に伸ばし、根もどんどん伸びる。
枝もどんどん伸びる。
どんどん伸びて、ヤマボウシの枝にからみつき、自然にアーチになっている。
クロマテラの枝とヤマボウシの枝の太さはほとんど同じ。
クロマテラが今後弓なりになったところからさらに枝を伸ばしたら、ヤマボウシの枝は支えきれないだろう。
でも、こんな予想外のことがおもしろい。
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# by sakillus | 2008-08-16 00:54 | 庭づくり | Trackback | Comments(6)
夏の薔薇

バラは野生種、自然交雑種を除けば、人間の手で操作されることによって
生長を促されているといえないこともない種であっても、ひとたび自然や虫など環境の中に投げ込まれれば、影響を受けながらも自らのいのちにおのずから誠実であろうとする。

人間などはよく目標をたて、それに向かって努力しようなどとおもうものだが、植物たちといったらどうだろう?
あだありのままに、もって生まれた性質のもとに精一杯生きているだけといえるのではないか?
わたし自身はほとんど目標などたてる人間ではないが、むしろ植物や他の動物などのように自分のいのちを活かすことに重心をかたむけた方が良いのではないだろうかとおもう今日この頃である。
それはそれで簡単なことではないのかもしれないが。

夏の薔薇なれば、花を咲かせたとしてもいつまでも人間の目をたのしませようと形を保とうとはしない。強い光に灼かれれば灼かれたなりにすぐさまくしゃんと、あるいはちりちりになる。そこでこれらのバラたちもある日あるときの
ほんのひとときの姿にすぎない。
されどそんな中でも咲いてくれたバラにはそれなりの美しさがある。
短ければ短いなりに放ついのちの輝きは、ほかの季節に咲く輝きに劣るものではないとおもう。

7月下旬から最近に至るまでうちで咲いてくれた薔薇を少し記録に残しておこうとおもう。

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Mary Rose

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William R. Smith

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Yolande D'Aragon

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Rock hill peach tea


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Mme.Georges Bruant

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Contes des Campagne

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Night


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Rock hill peach tea と ハナ
ハナは意気揚々とどこへ行くのだろう?
そして、何をしに?
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# by sakillus | 2008-08-10 22:30 | 薔薇 | Trackback | Comments(5)
エゾリンドウ

今年2年目のエゾリンドウです。
去年より多花になりました。
透明感のある涼しげな青色がとてもすばらしいとおもいます。
写真でも、ほぼそのままの色が出ています。

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7月31日

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2枚とも8月6日

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8月7日

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8月8日

花が咲かなくても十分たのしめます。
端正な蕾ですね。


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これはタカネビランジです。
南アルプスの固有種だそうです。
鳳凰山に登ったひとが種を採取して蒔き、育ててくれたものをいただきました。
高山系の植物ですが、うち程度の標高のところでも大丈夫のようです。
かんかん陽にあてても今のところ大丈夫です。(自生地では開けたところに生えているようです。)
http://www.yin.or.jp/user/houousan/gallary/bira2.htm
こんな花が咲くのでしょうか? 個体差はあるかもしれません。
咲くのがたのしみです。
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# by sakillus | 2008-08-08 09:26 | 植物 | Trackback | Comments(5)