ROSASOLIS

LABO 麹仕込み
わたしたちはもう何年も味噌を手作りしていますが、やり始めたのはもう20年ぐらい前のこと、途中中止の期間もありましたが、近年また復活してやっていました。
これまでは、私個人的には自分で麹をつくったこともありましたが、大々的に全体で麹を仕込むことは
今回が初めて。いよいよパワーアップしたLABOの味噌づくり。

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これは工房に隣接してある石釜の炭焼き釜、長らく使われることのなかったこの石釜を利用して麹を熟成させようという試みです。
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麹を熟成させるには適度な温度とかなりの湿度が要求されます。
温度は30度前後で、湿度は正確ではありませんが80%以上?
ちょうどお風呂のような環境が適しています。
窯の内部はけっこう広いので程よく暖めることもたいへんです。

この日は朝から暖め班ががんばっていました。炭で暖めているので、一酸化炭素中毒にやられた仲間もいました。ひゃぁ、デンジャラスです。
その使った炭もかつてこの石釜で焼かれた炭が使われたということです。

麹に使う米は白米じゃありませんよ。
1週間前から仕込んでくれた発芽玄米、3分搗き玄米、それに釜煎り玄米という強烈なラインナップ!
ドキドキ うまくいくでしょうか。いや、この仕事はきっとうまくいく、そうさせるという強い気持ちはありました。

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これは米を蒸しているところ
この小さなストーブは効率よかったが、時間はけっこうかかりました。

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これはホイロというもので、お茶をつくる作業、手もみをする道具です。
お茶を煎るには遠火でゆっくり手もみする必要があります。
それももう20年近く前やったこと。このホイロがまた日の目をみようとは!
なんだか感無量
わたしたちは、日本に伝わってきた民間の重要な文化を伝承させようとしていたのです。

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蒸し上がった米をこのホイロの中にいれてさまします。
40度ぐらいになったところで種麹菌(粉状になっているもの)をふりかけてまぜます。
まぜているうちにぽろぽろな状態からやや粘り気が出てきました。
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このガン状のものは温度計で赤外線で瞬時に測れるのでありました。
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長い木の箱(じつは桐のタンスの棚でした)に3センチ以内になるよう平に乗せて
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石釜の中に入れます。

こういった作業を9回ぐらいやりました。なにしろ20kgのお米を使うのです。
最後はすっかり暗くなる頃になりましたが、終わった時は静かな充実感がありました。
最後まで集中力がとぎれなかったのがよかった。

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これは釜煎り玄米だなぁ。かもせ〜、かもせ〜!

だいぶ前から計画し1週間前から米の仕込み、薪割りや窯の保温、保湿、
いやぁ、すごいエネルギーを注ぎ込んでいるのだもの、失敗させませんよ。

その後、わたしは行けませんでしたが、米は自らの発酵熱で40度ぐらいになり、窯の内部温度は28度、湿度は80%ほどにキープしたといいます。
そして、仕込みの2日後、現地からの報告で順調に醸成しているとのこと!
中には麹菌が米を板状にかたまらせるぐらいになっているとのことで、感極まりないです。
お疲れさまと心から言いたい。


そして、次の作業、いよいよ味噌仕込みは新月の日

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# by sakillus | 2017-02-14 22:13 | 文化伝承 | Trackback | Comments(0)
コインになったシクラメン
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今年も咲季山草軒では今のシーズンはクリスマスローズの販売に大忙しだ。
短期間ではあるが密度が濃く、ひとつ、二つの山は終わったけれど、まだ気は抜けない。
もうひとつが終わるまでは、たとえ交感神経優位状態が続こうとも、待ってくださるお客様がいるかぎりがんばるのだ。

つい先だって、毎年恒例の大木ナーサリーさん、クリスマスローズピックアップに加えて、
ほんの少量ではあったが原種シクラメン コウムを仕入れてきた。
シクラメン コウムといえば、日本でもよく知られたものだが、それの改良種なり、亜種があったり、改良種の選抜種があったりと、多彩になっている。

そんな中で1品種ひとつだけあったのが、1枚目の画像、Cyclamen coum kuznetvii だ。
これまた初めてみる品種だったが、優しい色合いの桃色が気に入り、花つきもよく、
苗自体もよかったので、これは自分用にさせていただいた。
種を播くんだも〜ん!

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バラの植物ラテン語をほんの少しかじったので、名前から少しだけ情報を得ることはできる。
kuznetvii  の最後にiiがつくのは人名だ。

でも、読み方はわからない。
一応海外のサイトを調べてみると、なんか変?

コインが出てくる。。。

ウクライナのコインらしい。もうそれ以上の情報はわからない。

でも、すごいね!(単純な反応)
というわけで、名前をつけられた方のこともわからなかった。

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葉は丸く少し模様がある。
とにかく花がふっくらしていて花色がいい。


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我が庭のクリスマスローズ、開花一番手はニゲルを除けばこのクリームイエローの優しいこの子

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ニゲルも個体差がけっこうあって、このニゲルはAshwoodの種から

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こちらも大木さんので去年気に入って自分用にした。楽しみだなぁ〜

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梅の花もほころび始めた。
ほんの少しだけ春が見えてきた。
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# by sakillus | 2017-02-09 00:37 | 植物 | Trackback | Comments(2)
復活LABO!餅つき大会
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「新年あけましておめでとうございます。これからもよろしくお願いします。」という友人の言葉で始まった。
その日は旧暦の元日だったのだ。それは、わたしの長年の友の、長いまどろみ期間を抜け、今後の活動への晴れ晴れしい幕開けの言葉でもあった。

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その人ケンジロウは主に鉄を使った造形をする人で、鉄という素材に眼を付ける、気付くというのも思えば深いものがあるのだが、鉄をやる人はドスンと重力が強いというのかただものではない人が多い気がする。といってもそう多くを知っているわけではないのだが。
彼に言わせれば、「鉄は地球の真ん中でドロドロになった状態で流動的にあるもので、鉄があるから磁気が生まれ、オーロラだってそのおかげで見えるんだから。」とのこと。

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   右がケンジロウ、左の方は、我が家を設計してくれたノグチさん


初めてであったのは高校3年の時で忘れもしない、本当に空気が渦を巻いていた、ように見えたのだから。それから、本当にいろいろなことを教えてくれて、
40年、おさななじみみたいなもんだから、というけれど、わたしは朋だと思っている。人が生きるとはどういうことか、根源的なことをハッとすることを言う人で、この人がいなければ、今のわたしはないと間違いなく言える。
長い間には心底むかつくこともあったが、師と呼んでもいいのだ。
生きることに、心から楽しめることにまっすぐで、それから、つくるものも
天の才を持っていた。

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その彼がうつを煩って活動がゆるやかになり、借りていた工房も畳むことにした。道具類もけっこう知り合いにあげて、、あとで後悔していた。自宅の庭を工房のようにしていたが、狭いのでやれることも限られていただろう。
去年の今頃はまだそれほど調子がもどっていたようには見えなかった。
が、どういうわけか、いつだろう?初夏頃には元気になっていて、いままでにないアクティブさを発揮していた。笑
おぉ、やっと、やっと抜け出せたのか!?彼のことを好いて期待している人はけっこういるので静かに動向を見守っていたかもしれない。しかし、「うつ」は波があるのでどうか? が、去年はそれ以降快調に過ごしていたようだった。

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そして、一度離れた工房に再び戻って来た!今度はかつても一緒にやっていたやはり鉄のFujiiちゃんと、若くてたのもしい整備士、岳君と3人で運営する。そのうえ、この辺りは移住者が近年すごく増えているのだが、またたくまに関係が広まり彼を支える若い人が増えたことは大きかった。
やはり彼のひとを惹き付ける求心力は郡を抜いている。

LABOというのは彼が造形をやりだした初期の頃から名づけた名前なのだが、
この日はLABOの再起動オープン、正月餅つき大会だったのだ

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新しい仲間、かねてからの仲間、三々五々30人ぐらい来たのではないだろうか。世の中は厳しいこと暗雲たれ込めることも多い、でも、そんな中だから楽しめ喜びを分かち合う大切さを供に持ちたい。
「こんな人いないからさ.でも、コツはね、あんまり甘やかさないことだよ。」古い仲間が新しい仲間に激励の言葉を送る。そうなんだよね、こんな人いないからとわたしも思う。

そして、ケンジロウのかねてからの悲願でもある「天然文明」へと歩みを進める。そこはひと言では語れない。人間と地球資源、宇宙とのかかわり、何をどう用いどう生きてゆくのか。(べつにあやしい宗教などではありません)

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ちなみに2月はミソづくりにさきだつ麹づくりから始める。
ここでかつて炭焼きをしていた方が残した炭焼き窯があるからそこで麹を仕込む。麹づくりには適度な温度と湿度が必要だからだ。

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ガラス作家のタカハシさんはこんなプレゼントを!
 [ Holly LAbo KENJIro]

  
  ☆番外
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演奏もあってそれにのって悦に入りおどるみくり
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# by sakillus | 2017-01-31 23:56 | 人物 | Trackback | Comments(4)
転用するのが好き
暦のうえではほぼ大寒とあってさすがに寒い日々が続いています。
そのうえ強風でも吹こうものなら体感温度も一気に下がり、この時期は庭仕事には厳しいです。

そんな時は室内でぬくぬくと、でもなく少々かじかみながら楽しいことを考えます。

楽しいこと、、ふふ、今マイブームなのが「きもの」です。
なにを今更と思われるかもしれませんが、なぜなんだろう?なぜかそうなのです。
いただいた気楽さもあり、意外と普段に着ています。つまり洋服の上に羽織って。

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これは去年ヴェロニカさんからいただいた羽織なのですが、ご本人もきっとだれかからもらったのでしょう、わたしが着たほうがいい、ということでありがたく頂戴いたしました。
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鹿の子絞りの手間のかかった仕事です。
羽織紐が少々気に入らなかったのですが、
スペインのアンティークショップでこんなものを見つけました。
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ラインストーンのブレスレットです。
ブレスレットをすることはほとんどないのですが、あ、この長さ!
羽織紐にぴったりではないか?
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はい、ぴったりでした♪
ただ重さで装飾部分は下を向いてしまうのですが・・・

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同じくスペインのアンティークショップであったフィリグリーのペンダントトップ
フィリグリーとは、スペインでは有名な、細い金属線を溶接して作られる金工用語で、非常に細かい細工が可能で、スペインはイスラムからの文化の影響で、昔からフィリグリーの装飾具が盛んに作られていたということです。
これは聖母マリアを表しているとのことなのですが、どちらかというと王様に見えてしまいます。

これをなにに使うかというと。
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これです。帯留でした〜。
ただ、帯締めを通す金具はないので、糸で縫い付けねばならないかなと思っています。


きものは修業時代に練習をかねて自分のものも縫いましたし、染織をしていた頃に織ったきもの(長着)もあり、自分でもよくこんなすっとんきょうなものを織ったなぁというのもあり、そんなきものを救済してくれる帯を探しています。

帯はほとんど帯専門の仕立て屋にまわるため、わたしは個人客のものしかきませんでした。
だから今帯がおもしろい!!
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# by sakillus | 2017-01-26 23:31 | きもの | Trackback | Comments(2)
沼津御用邸 2
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絨毯敷きに重厚な椅子、ここでも西欧の影響が色濃く出ています。
ここは食事をされる部屋だったような気がするのですが、定かではありません。^^;
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ここは謁見所で「天皇陛下が御滞在中に来客に面会する時に用いた部屋」とありました。
ゆらゆら窓なので外の景色もゆらゆらしてますね。

こういった和風と洋風の合体は、個人的にはけっこう好きです。
ただし、個人の好みというのは情報でつくられる部分も大きいので、
本当のところどこまで好きで好きでないのかはわからない、が、長年そうなのだからそうなのでしょう。
和と洋の割合というのもあるでしょうね。あまりに洋が多すぎるとしらっとしてきます。
何処で見るかというのもありますよね。
同じ室内があったとして、日本で見るのとヨーロッパで見るのとでは印象は異なります。
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前回も書きましたが、大正天皇のための御用邸でありながら、その気配が薄く昭和天皇のものは
多いのは、昭和天皇も生後70日からの幼少の折、当御用邸で育ったということです。

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中庭
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庭にも西欧の影響があります。
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ツワブキが今頃咲いてる!
沼津は冬暖かく冬を過ごすには良かっただろうなぁと思います。
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アジサイの群落もあり、黄葉した葉がきれいでした。

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元々は馬屋だったところ。今は改装して甘味処に。
その他そば処などもありました。

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沼津垣と呼ばれるもので、昔から沼津浜の潮風を防ぐために用いられた垣根で、
箱根竹という細い篠竹を十数本ずつ束ねて網代に斜めに編んでいるものです。

維持費もそうとうかかることが予想されますが、建物にしろ室内調度にしろ庭にしろ、
特別な方々のところでは技術的、景観的にもすぐれたものが多く、そういった技術が後世まで残ればいいと願いますし、公開してくれることはうれしいです。



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わたしは天皇という存在に対し特に尊敬の念を抱いているとか、その逆もありませんが、
個々の天皇に対してはおもうところはあります。

今上天皇は優しく穏やかで平和を愛され戦争を嫌っていることはわかります。
たぶんお目にかかることがあったら感動してしまうかもしれません。

国民の精神的よりどころとして生まれた時から特別な環境で特別な教育を受け、国家安寧を願い行事を外すことが許されず、政治的発言は極力避けねばならない中で、
今上天皇のおことばの中には、今の権力者に対する戒めとも思えるような言葉がままあります。
今正確な文言は忘れましたが、去年のおことばで、「日中戦争からの歴史をもう一度考えてほしい」
(○○年からのとおっしゃったのだが、それが思い出せない)というのがあって、それにはよくそのお立場で、今の状況でおっしゃったとしみじみ胸に迫るものがありました。

日中戦争って本当に戦争なのだろうか?あれは日本の中国への侵略意外のなにものでもなかったのではないか、との思いがあります。
辺見庸さんの話によれば、あの戦争ほど斬首とレイプの多かった戦争はなかったと言います。
本当にむごい仕打ちで苦しくなります。いずえにせよ圧倒的に奪い殺してきた、それを「皇軍」という、天皇のもとに使命を感じ、普通の市井の人間が残忍なことをやっていました。
その事実に暗澹たる思いが去来し、人間の魂のレベルはまだまだ低いのだと思わざるを得ません。

一般庶民と特別な地位にある天皇とを比較するのはおかしいのを承知で言えば、そうやって、「皇軍」というトップにすえられてたくさんの人間を殺し死んできたそれをどう思われていたのでしょうか?
昭和天皇はたしかに戦争犯罪人で、彼の言った「原爆がおとされたのは仕方がなかった」とか「沖縄に米軍基地を置いてほしい」との発言をわたしは容認することができません。

沼津御用邸には昭和天皇の書かれた絵があり、それは3歳の(たしか)時のものでしたが、その年のこどもにしては格段にものをよく見、うまいし繊細でした。
あの繊細な絵の書き手が戦争の担い手になろうとは・・・

今上天皇は生前退位の意があり、いろいろな人の意見がありますが、いずれにせよ次の天皇誕生のための流れができています。
そして、自民党今の政権がやりたくてたまらない「改憲」では都合のいいように「国体護持」、また、天皇を担ぎ出そうとしています。
あの浅はかで嘘によってなりたっているあの首相は、今上天皇がひざまずかれたことをまねしながら「こんなことまでやっちゃってさぁ」等とちゃかす、その男が同時に権力いっそうの奪取のために天皇を利用しようとしています。

過去をよく見なければならないと私は思っています。が、歴史は簡単に塗り替えられてしまいます。
明治天皇さえ、本当はだれなのか、一度、あるいは、に度三度変えられてきたかもしれないのです。
万世一系なんて夢のまた夢、周囲の人間の思惑で動かされる天皇というお立場、天皇制度はこれから本当に必要なのか?なくなったらどうなるのか、なくすることは可能なのか。このまま象徴天皇というものがありつづけたほうがいいのか、難しいお立場から解放されたほうがひとりの人間としてはいいのではないか、いろいろなことを思います。
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# by sakillus | 2017-01-16 00:49 | Trackback | Comments(6)
沼津御用邸
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4日からはみな仕事だったので、修善寺はあまりゆっくりしていられませんでしたが、せっかく来たのでどこかには寄りたく、宿で見かけたパンフにあった沼津御用邸に行ってみることにしました。

そこは明治26年、大正天皇(当時は皇太子)のご静養のために造営されたもので.沼津の、太平洋に手の届く広大な敷地に本邸、西付属邸、東付属邸が建てられました。
残念ながら本邸は先の太平洋戦争、1945年の空襲で建物は焼失し今は本跡としてあるのみです。

沼津に御用邸があったことは私は今回初めて知りました。生まれた時から体の弱かった大正天皇は、葉山のご用邸とともによく利用されていたようでした。
昭和44年には廃止され、翌年から沼津市により「沼津御用邸記念公園」として公開され親しまれているようです。平成25年からは民間に管理が委託されています。

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さすがの松の枝ぶり
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西付属邸内に入ることはできます。
ゆらゆらの窓、絨毯敷きの廊下
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大正天皇のためにつくられたご用邸ですが、大正天皇由来のものはあまりなかったような・・・
本邸がなくなってしまったせいでしょうか?
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やっぱり彫られている「菊」の文様
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全体に西洋の影響の色濃い御用邸ですが、照明にもそれはあらわれていました。
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   つづく
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# by sakillus | 2017-01-10 01:21 | Trackback | Comments(2)