ROSASOLIS

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空に昇っていったハナ
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   2012 10/12


今の季節すっかり日が没した頃、スズムシがいっせいに鳴き出します。
レクイエムというのは死者に対して送る曲であろうけれど、魂を鎮めるのは死者と同時に残された者にも必要です。

ハナへはどんな曲が似合うかをいくつか試したあと、夜静かに外にこだまするスズムシの音が一番似合うと思いました。

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   2005 9/3




9月9日朝6時半、23歳、人間にしてみれば約108歳という長寿を生きたハナがついに天に召されました。
その1週間ほど前から急激に食欲をなくし小さくなっていったハナ、もう長くはないのだと覚悟し、なるべくそばにおけるだけおいていって、ついに食べ物を摂らなくなり、水さえも摂らなくなり、9日の朝2階から下におろす時、足を強くバタバタさせて、それから、体温がいっそう下がり、肉球さえも冷たくなっていきました。
本当に危ないと思い、娘に電話で状況を話している最中、2回足を伸ばし、おそらくおしっこもその時して、その後は動きもどんどんなくなり、ロウソクの灯が消えるように逝きました。6時半、ハナはタイミングを見計らって、娘やみくりや友人の来れる日に死にました。

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   2009 12/31


ハナの思い出は胸の中にたくさん、たくさんあります。
しばらく写真を見ることができず、やっと、パソコンに残っている朗らかでやわらかくあたたかいオレンジ色のかわいい姿を見ることができました。
ハナは最初から眼に傷があり自動車事故にも遭いどうなることかと思った時もありましたが、奇跡のように長く生きました。
庭であたたかな陽を浴びたり風を感じることの好きだったハナ、今ハナのいない庭や部屋は静かで少しさびしい。

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   2010 1/2
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   2010 4/11


ミカの時は亡がらを離れたところに埋めたから、わたしはとんだ失敗にあとで気がつきました、だから今度は庭に埋めました。皆で大泣きしたあとハナを土中に埋めた時、元気だった頃のハナの姿とともに魂が空に立ち昇っていったのが感じられました。それをプラーナというのだとどういうわけか感じ、それが正しいかどうかはわたしは判断がつきません、そういう、なにかが教えてくれるということはあるのでしょう。ハナの魂はエネルギー領域に行き、いつかどういう形でかまた会えることを待ちたい。ハナがもしまた生まれてくるのなら、なにか印をもっていて欲しい、わたしは必ず見つけるから。

生きとし生けるもの、必ず死ぬから、わたしはいつまでも悲しんでるわけではないし、自分自身また変化の時がきていると感じます。わたしが人や動物や植物や物事と縦横に出会う中で私を成長させたもの、癒してくれたもの、ハナとの出会いは確かに特別で貴重なものでした。何かが生まれなにかが消滅する、ハナはこの地上での役目を終え生と生の間の世界に入っていきました。また会えますように。

ハナ、楽しかった、おもしろかった、ハナ 本当に今までありがとう!


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   2010 5/15

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   2010 5/21

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   2011 12/2

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   2012 3/21

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   2012 6/15

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   2012 10/21


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   2016 3/17



June Tabor  「sudden waves」
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by sakillus | 2017-09-18 00:17 | 動物 | Trackback | Comments(16)
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Commented by すみごん at 2017-09-18 07:55 x
いい写真ですねぇ。
一緒に暮している人でなければ撮れない写真だと思いました。
それぞれにハナちゃんの表情が違っていて、それでもみんな
あのハナちゃんで。
本当に太陽の光がお似合いでした。

sakiさんも書かれていましたが、死ぬ間際に姿を消してしまわれては心残りです。
実家で飼っていた猫がそうでした。いつまでも、まだどこかで生きているのでは?と思いを引きずりました。
どうやって死んでいくかを見せてくれたこと、よかったと思います。猫にはいつも教えられっぱなしです。

泣いた、と聞いて少し羨ましく思います。
私は泣けないんですよ。で、いつまでも胸の奥になにかが重く存在しつづけていて、いっそ泣けたらと思うことが何度かありました。きっと、いつかたまっていた分をどっと出せる日が来るんでしょう。そう思いたいです。

ハナちゃんの魂はいつでもsakiさんの庭に帰ってくることができそうですね。sakiさんはこれから何度も庭に降りてきたハナちゃんを感じるのではないかと思います。
Commented by sakillus at 2017-09-19 00:19
すみごんさん、ありがとうございます!
そうですねぇ、ハナのことは見てきましたからねぇ・・・
ハナって、気がつけば庭のどこかにいる、みたいなところがあって、そいでもって力抜けてますよね。笑

すみごんさんちのご実家の猫さんがそうだったのですね。
そう、そういう思いを引きずっちゃいますよね。
だいぶ前飼っていたオス猫は、死に際ではないのだけれど、
メス猫追いかけて出て行った猫がいましたが、探してもどこにもいなくて、、、半年引きずりました。

ハナは結局朝まで待ってわたしの目の前で死んだので、そうですね、良かったです。

泣くって、変な言い方ですが、目からの排出みたいだなぁって思うんですよ。気持ち的にも泣くことで軽くなれたり、清められたりしますね。カタルシスなんてもいいますが。
すみごんさんもそのうち泣けるといいですね!

はい、そうですね、彼女の魂のふさわしい居場所はある意味この庭ともいえるので・・・。ふとそういう感じになればいいなぁと思います。
Commented by iroha8788 at 2017-09-19 08:14
すみません。なんだか何度もハナちゃんを見たくてお邪魔してしまいます。
私がお邪魔したのは、2011の12月です。お天気が良くて、ハナちゃんが、日向ぼっこしてました。そこへ、のしのしと・・・・
そしたら、足のところにスリスリしにきてくれたのでした。
そしていっぱいなでなでさせてもらってから、見上げたあのバラの誘引・・・。
そのあと311のこと、植物たちのことをsakiさんと話している中で、sakiさんの言葉にも救われたのでした。
本当にいろんなことがあって、ハナちゃんの元気だった頃のお写真を見せていただきながら、いろんなことが頭の中で巡っています。
北海道へ、避難という移住をしてもうすぐ丸3年。
ますます冬へ向かっている秋紅葉のシーズンとなっています。
この秋は、日の出の時間に虹が出ることが多く・・・通り雨があるたびに虹を見ています。
秋は、いつも濃霧の朝が定番だと思っていたのですが。最初の年に見て以来去年も今年もまだ見れていない霧虹のかわりのように。
ハナちゃんは、もうどこまで昇ったかなと思いながら。

Commented by rienzo at 2017-09-19 19:43
ハナちゃんのこと、とても信じられない思いです。だってsakiさんのお庭には、必ずハナちゃんがいたじゃないですか?柔らかい土の場所が沢山あるのに、砂利とかわざわざ固い場所がお気に入りで、オレンジ色の毛をぽわぽわさせてそこら辺で大らかに寝込んでいるハナちゃん。もう居ないなんて、とっても寂しいです。だって、いつもいるのが当たり前だったから。sakiさんちにお邪魔した時は、バラよりもハナちゃんの写真をいっぱい撮ってたかも。子猫みたいに小さい体を抱けないなんて、悲しいです。
Commented by sakillus at 2017-09-19 23:51
irohaさん、うぅん、全然。そう思っていただけてハナも草葉の陰で喜んでいると思いますよ。
あぁ、その年でしたか!12月なんて、そんな寒い時期だとは思わなかった。

そう、ハナは全然警戒心とかなくて、特に猫好きな方にはどんどん甘えてましたね。
i photoに入っているハナの写真をこれからもちょっとブログにアップしようかなと思っています。ハナのことを記憶して慕ってくれている方がいるのはうれしいです。

北海道に移住して3度目の冬なのですね。わぁ、もう紅葉のシーズンなんですね!北海道の紅葉は本州(低地)とは比べ物にならないぐらいきれいで、まさに自然界からの贈り物みたいですよね。

虹!そうなんですか!それはいいですね!早朝は、わたしは時々しかないですが、おもいがけない自然のドラマがありますね。早起きは三文の徳とはよくいったものです。

ハナはどうでしょうね?
富士山のあたり?
Commented by sakillus at 2017-09-19 23:57
りえんぞうさん、見てくださったのですね!。どうかなぁ、みてくださるかしらと思っていたんですよ。^^。

そうですね、いつも、ふりむけばそこにいるハナでした。
あぁ、堅いところでも、ずるっと頭がさがっても、、その力抜けてる感がなんつぅかたまらず愛らしいところでした。

りえんぞうさんのようにおっしゃっていただけてハナも喜んでいると思います。長かったしね。あぁ、そのように言ってくださって、また泣けてきますよ〜ん。うん、でも、受け入れなければなりませんね。わたしの心の中にはずっといますが。

Commented by kusuo522 at 2017-09-21 13:34
私も猫が好きで何匹も飼いました、けれども我が家の猫は、目の前で死んだことはありません。いつも姿を消していました。すごく無情なようですが、私はその方が楽でした。
sakiさんのハナちゃんみたいに目の前で、しかも見守られながらの死は、ハナちゃんへの鎮魂歌より、むしろsakiさんにとっての慰めが必要な気がします。

思い切り涙を流す。私も姉の死で久しぶりに経験しました。不謹慎に聞こえるかもしれませんが、とても貴重で、生きていくうえでありがたい経験だったと、今では思うようにしています。
ハナちゃんのように、いつもそばにいたものへの喪失感は、私よりむしろ大きいと思います。なにも不平を言わず、ひたすらsakiさんとのくらしに満足していた。そのことが、写真からも伝わります。ハナちゃんは、悲しみ以上の何かをのこしていってくれたのではないでしょうか。
時がすべてを解決してくれる。言い方を変えれば。時の経つのを待ってください。

Commented by すみごん at 2017-09-21 20:17 x
管理人のsakiさんより先に失礼いたします。

kusuo522さんのコメントを読ませていただき、改めて考え方は本当にそれぞれだなぁ、と思いました。
否定するつもりは毛頭なく、あ、自分とは違うこういった感じ方があるんだよなぁ、と。

私はかけがえのない猫を一昨年亡くしましたが、目の前で旅立つ様子を見せてくれて本当によかったと思っています。
早朝、私が起きるのを待っていてくれたと思いたくなる死でした。
共に過ごした年月とお別れしなくてはいけないということは覚悟はしていてもなかなか実際にその死を見届けるまでは納得いかないものです。
猫は飼い猫になっても野生を残す生きものだと思っています。野生動物は自分の死に際を(たぶん)見せまいとするのではないかと思います。
それでも、見せてくれたこと。それは、こちらを信頼してくれたことになるのかなと錯覚かもしれませんがそう思いたい私の気持ちを判ってくれていたのかなと。

私は、ハナちゃんがsakiさんに死に際の自分を見せたのは、sakiさんを本当に信頼し、自分がいなくなっても大丈夫!と言いたかったからかな?と思えてなりません。
悲しみは時間が解決してくれるしかありませんが、解決への入り口をハナちゃんはちゃんと残していったと私は思いたいです。

慰めなど必要ないのではないでしょうか。
ハナちゃんと暮した日々そのものが確かなものとしてsakiさんの心に残っているのであれば。

私の思い込みかもしれませんね(^^;)
Commented by kusuo522 at 2017-09-21 21:51
ちょっと、勘違いされたのかなあと私も反省します。

決して目の前でハナちゃんが亡くなったことが、お気の毒といったつもりはないのです。むしろ、うらやましいと思いました。ただ、いつもいつもそばにいたハナちゃんがいなくなるということは、家さえ訪ねなければ心の中で会話できる姉との別れよりも寂しさがひとしおでしょうと言いたかっただけです。

慰めという言葉も不適当でした。そんなこと人に言われなくたって・・・というお気持ちだったのでしょう。

そうですとも、ハナちゃんと暮らした日々そのものが、sakiさんにとってかけがえのないものだったのですものね。
Commented by kusuo522 at 2017-09-21 22:45
おっちょこちょいで、sakiさんにコメントするつもりで書いておりました。初めまして、すみごんさん。
すみごんさんは、sakiさんのお近くにお住まいなのですか?
そして、何度もハナちゃんと会っていらっしゃるのですね。sakiさんへのコメントも、とてもすてきでした。

私の住まいは田舎で、商売をしているので、結構猫は自由にしていました。だいたい夜行性の猫は、真夜中に必ず私の枕もとの網戸をガサガサして寝不足気味でした。家の柱は爪とぎの跡が無数。それでも猫が大好きでしたので、気にはなりませんでした。外に出ると交通事故の心配さえない環境でしたので、死期を悟るといつの間にかいなくなってどんなに探しても見つかりませんでした。

 そんなことを何度も経験して、ああ猫はみんなこうなのだとあきらめました。
ですから、23歳というハナちゃんの年齢もですけど、しっかりと信頼してsakiさんのそばで死んでいったことには驚きました。それと同時に、23年といつも一緒すごしたハナちゃんが亡くなったsakiさんの寂しさはいかばかりだろうと、ついつい、最近急死した姉の死と重ねてしまったのです。
sakiさんは強い方ですので、きっとこの悲しみを糧にお出来になると思います。言わずもがなのことを言ってしまったかもしれません。どうぞ誤解なさらないよう。これからも、sakiさんを通じてよろしくお願いします。
Commented by すみごん at 2017-09-22 06:11 x
おはようございます。またしてもお先に失礼いたします。

>kusuoさん(こうお呼びしていいでしょうか_
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
そうですね、お姉さまを亡くされたんでしたね。こちらでのコメントを読ませていただいていましたのに配慮が足りなかったのかもしれない、と私も反省しております。

私はsakiさんの近くではないんですよー 残念ながら。
あのあたりは好きで、いいなぁといつも思っています。
横浜市在住で味気ないマンション暮らしです(T.T)
一年に何度かsakiさんのところにお邪魔して、お庭を楽しませていただき、ハナちゃんたちと会ってきました。

実家にいたころから猫を何匹も飼ってきました。
中には途中でどこかに行ってしまった猫(オス。メスを求めてでしょうね)もいましたし、高齢になってから出ていってしまった猫(メス)もいました。
いずれもいなくなった淋しさをかなり長い事引きずりました。
そういった経験と、一昨年最愛の猫を亡くした経験から先のようなコメントになってしまいました。

実家ではずっと猫を飼っていましたが、妹が一番好きだった猫が昨年亡くなり、彼女はその猫に関するものをすべて捨てたといい、写真も見たくないと言っておりました。
ああ、私とは違うなぁ、こういう人もいるんだなぁ、悲しみ方もそれぞれだなぁと思い、kusuoさんのコメントについてもそのような気持ちで書いたつもりでしたが、後で読み返してみれば、表現がきつかったですね。申し訳ありませんでした。

私の方こそ、今後ともよろしくお願いいたします。
よろしければ当方のつたないブログにもお越しください。
今週は写真ばかりですが、今日は22日なので猫が語ります(^^;)
Commented by sakillus at 2017-09-22 07:07
kusuoさん、おはようございます。

猫が死ぬ時にはそうだったのですね。野生の本能が強かったのでしょうか。

うちの猫は皆避妊してますし、外に出しているとはいえ、そういった本能的なものは薄れていたと思います。

基本的には猫が最期どうしたいかは猫にゆだねるべきとは思うのですが、そう頭で思考するのとは違い、実際目の前で死んでくれたことは良かったです。

そうですねぇ・・・数年前のもっと元気なときにいきなり亡くなられたらきつかったかもしれませんが、ハナはもうじゅうぶん生きて呼吸もたいへんそうだったので、私自身ももうそこまでがんばらなくてもいいよと思いました。
だから、今は思っていたよりはきつくはないです。
たぶん、ハナの死に様が良かったのでもう充分と思えたのですね。

ハナはたくさんの素敵なことを残してくれたのでもうそれだけで胸が満ちています。ハナの亡がらもいつも見えるところに埋めたので毎日手を合わせています。

Commented by sakillus at 2017-09-22 07:15
すみごんさん、コメントありがとうございます。

そうですね、ゴンちゃんが死んだときもそうでしたね。
離れ方のうまい猫だったというのはうちのハナもそうで、
それまで甘えるのがうまくて、それがすごく自然だったハナは最期のほうはだんだんそれもしなくなり、ひとりになっていきました。そうしたことが、意識的ではなくわたしの気持ちも準備できたのでと思います。
だから、最期までいい関係だったのだなぁと今しみじみ思います。
ハナはすごく頭のいい猫というわけではないのだけれど、すごく素直で自然でこちらの心を開いてくれるようなところがあって、心地よかったです。

これからもずっと心の中で生きているので、すみごんさんのおっしゃるように、そう心配することもないかなと。^^。
愛を注げたことがよかったです。
Commented by sakillus at 2017-09-22 07:17
kusuoさん、あぁ、いろいろなこと、問題ないです。

やさしいお気持ちありがとうございます。

やはり喪失感というのはないわけではないですが、今までの蓄積があるので大丈夫です。今は感謝の気持ちでいっぱいです。

これからでかけてきますので、ここいらで失礼します。^^。
Commented by kusuo522 at 2017-09-22 22:19
本当に、しっかりと最期まで見届けられたのですから、少なくとも後悔はなさらなかったでしょう。
ハナちゃんもそれに応えて、きっといい思い出を残してくれたでしょう。
私は、犬2匹を目の前で見送りました。最初のゴールデンレトリバーは気がついたときは後ろ足の太ももに癌ができていて、手遅れでした。しまいにはその癌が大きくなって排便ができなくなり苦しんで死にました。
そのことを、今でも後悔しています。どうしてもっと早く気がつかなかったかと・・・
ですから、ほんとうにうらやましいのです。sakiさんもハナちゃんも。

すみごんさんブログを探してみましたがわかりません。間違って別の人にコメントを送ってしまいました。よろしかったら、ブログ名を教えてください。蛇足ですが私も『阿蘇の麓の本屋の本音』というブログを一昨年の9月に立ちあげました。ようやく2年になります。覗いていただければ幸いです。
Commented by sakillus at 2017-09-24 07:51
kusuoさん、ゆうべ帰って来たのが遅くお返事遅れてすみません。
そうですか、犬のことはよくわかりませんが、ゴールデンレトリバーのような大型犬は長生きも難しいし、むずかしいところをもっていると聞きます。
犬も猫も晩年はガンになるのが人間が思っている以上に多いのかもしれませんね。
ハナも下あごの下が膨れていたので、(ここ半年ぐらい?)
なにか腫瘍みたいのかもしれませんが、20歳以上になると今更何か出てもねぇという。
きっとkusuoさんのわんちゃんたちも満ち足りていたのではないかと想像しますが。

すみごんさんのブログは「interia」という名前のブログで
http://sumigoon.jugem.jp/です。
毎日アップしています。
たいへんタフで思慮深い書き手ですよん。♡
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